『マーケット感覚を身につけよう』の出版を記念して行なわれた対談連載2人目のゲストは、ビジネス・デザイナーの濱口秀司さんです。USBフラッシュメモリの発案者として知られるなど、イノベーション・シンキング(変革的思考法)の第一人者として世界的に活躍されています。
その思考法は、ちきりんさんが『自分のアタマで考えよう』と『マーケット感覚を身につけよう』の2冊で伝えようとした「論理」と「非論理」について、高度に考え抜かれたものでした。(構成/崎谷実穂 写真/疋田千里)
「ストラクチャード・ケイオス」の発見
濱口秀司(以下、濱口) 昨年、monogotoという会社を立ち上げたのですが、その日本人メンバー2人のひとりが、ちきりんさんのブログを読んだことをきっかけに前職を辞めて、うちにきてくれたんですよ。
ちきりん えっ、そんなことが? でもたしかに最近は、「ちきりんさんの本やブログを読んで、会社を辞める決断ができました」って言われる方、けっこう多いんです。
濱口 うちとしては、その人が来てくれてすごくよかった。だから、きょうはお礼を申し上げようと思って来ました(笑)。
ちきりん それはよかったです。その方にはぜひ「信じて行動してくださり、ありがとうございます」とお伝えください。
濱口 前回出された本『自分のアタマで考えよう』が論理思考だとすると、今回の『マーケット感覚を身につけよう』は、感覚的なもの、非論理思考について書いた本だとお聞きしました。ところが読んでみると、中身は非常に論理的に書かれているんですよね。そこがおもしろい。
ちきりん そうなんですよ。伝えたい中身は「論理的でないこと」なのに、それを多くの人に伝えようとすると、論理的に説明するのが一番わかりやすい、というワナがある(笑)。
濱口 ぼくも、非論理思考を人に教えるのは難しいと思っていて、そこをいかに論理的に教えるかという矛盾をいつも抱えているんです。ちきりんさんも、同じことにチャレンジされているんだなと思いました。
ちきりん ええ。だからどうしても事例紹介が多くなります。論理的に説明を尽くすだけでなく、具体例から読み取ってもらえれば、それが一番いいので。
濱口 難しいことなのですが、論理思考と非論理思考を組み合わせて考えるのは、非常に重要だと思っています。ぼくの考える、一番創造性の高い思考モードというのは、まさに論理思考と非論理思考の中間にあるんです。それを、ぼくは「ストラクチャード・ケイオス」と名づけています。
ちきりん 論理的な考え方と直感的な考え方の中間が、最も創造的な結果につながるって、なんだか不思議ですね。クリエイティブなものは、できるだけ混沌や直感に近い地点からこそ、生まれてきそうなのに。
濱口 はい。そこがポイントです。完全に直感でもダメなんですよ。とはいえ、論理でガチガチなのもダメです。ぼくが過去、数えきれないほどやってきたプロジェクトでうまくいった事例を振り返ってみたんですね。そうしたら、そのほとんどが論理思考と非論理思考をうまく組み合わせて考えたケースだったことから、このストラクチャード・ケイオスを思いつきました。
テオ・ヤンセンの作品は、なぜ人を惹きつけるのか?
ちきりん 日本人って分解とか分析とか、論理的に突き詰めていく思考が大好きですよね。トヨタの「5つのWHY」も典型的な分解型思考ですが、現場の人含め、みんなそういう思考が大好きで、結果として品質や効率をどんどん改善していった。
この掘り下げ型の思考って、機能的な完成度レベルを向上するにはすごく有効ですが、新しいコンセプトとか、大きなストーリーを構想するにはまったく向かない。
濱口 そうですね。ストーリーをつくる力は、分解とは逆の方向といっていいでしょう。でも、いまのプロダクトで重要なのは、ストーリーです。
ちきりん 私もそう思うんです。ところが、大きな絵を描き、新しいストーリーをつくって提示しようとする人に対して、分解型の思考の人はものすごく反発する。「夢物語を語るだけなら誰でもできる」とか「無責任だ」、「細部がつまってない」などと文句を言って、寄ってたかって潰そうとする。これってなぜなんでしょう。
濱口 それには理由があります。先ほどの図の左側の人が好きなものはなんだと思います? 数字、信頼性、あとは再現可能性が高いこと。
ちきりん そういうものしか信じないと決めてる人、いますよね。
濱口 でも、右の直感型の人は、とにかく「おもろければええやん!」なんですよ。だから、左の論理型の人から見た直感型の人のアイデアは、信頼性も、再現可能性もなくて、突っ込みどころ満載なんです。
ちきりん ちょっとでも突っ込みどころが見つかると、そこが重要なポイントかどうかも考えず、条件反射的に嬉々としてツッコンで行く人も多い(笑)。
濱口 さらに、右からはイノベーティブな発想が出てくることも多いのですが、イノベーティブであるということは、すなわち不確実性とセットだということです。それがもう、許せない。
ちきりん 不確実性の存在が不安で許せない人、って多いですよね。未来のすべてが詳細にわかっていないと気分が悪いという人。私には、先が完全に見えてしまっている世界なんておもしろくもなんともないんですが、そういう人は、不確実性をゼロにすることに命をかけてる。
濱口 でも、不確実性をゼロにするって、それこそ不可能なことなんですよ。どんなに優秀な経営者が、どんなに時間をかけて話し合っても、まったく新しいことに対するプロジェクトの不確実性を下げることはできません。だったら、さっさとプロトタイプをつくってユーザーに聞いてしまったほうが早い。
ちきりん 『マーケット感覚を身につけよう』で提唱している「組織内で考え続けるより、さっさと市場に聞いてフィードバックをもらったほうが早い」ってやつですね。
濱口 さらに、論理・分析型の人が大好きなものがあって、それは「正確さ」です。正確さとイノベーションって、じつは相反するものなんです。これはぼくが見つけた、イノベーションに関わる今年最大の発見なんですけど……。
ちきりん そういう概念的なことに「新発見」のワクワクを感じられるセンスがすばらしいです。具体的には何がきっかけで発見されたんですか?
濱口 ぼく今年のはじめに、パリで彫刻家・現代美術家のテオ・ヤンセンに会ったんですよ。彼の作品「ストランドビースト」はずっと気になっていました。だから、会ったときにじっくり話し込んだんです。
濱口 ストランドビーストは、風力で動く砂浜の生命体です。塩ビパイプとペットボトルと布というとてもシンプルな材料でできています。彼は本気で、生命を生み出したいと思っているんですね。そして、彼の命の定義というのは、「DNAがあること」「神経があること」「生死があること」だとぼくは解釈しました。これって、生物学者や哲学者から見たらむちゃくちゃな定義。つまり、不正確なんです。でも、すごく人を熱狂させて、巻き込むことができる。
ちきりん うわあ、これはすごい。テオ・ヤンセンさんの作品って初めてですが、超おもしろい。私もぜひ実物を見てみたいです!
濱口 でしょう。それはなぜかというと、全体のつながりとして、すごく大きくて深い意味があるからです。分解したパーツが正確でなくとも、全体として彼の「生命体とはこうである」という解釈が、個別の専門家には絶対につくれないインパクトを生む。つまり現代は、正確な点の組み合わせではなく、意味のある線を見つけることに価値がある時代なんです。知識の時代が終わって、解釈からイノベーションが生まれる時代になった。テオ・ヤンセンがやっているのは、要は単純化ですよね。そして、それをコネクトして、ストーリー性を加えたら、あんなおもしろいものが生まれたわけです。
ちきりん つまり、本質的なエッセンスだけを抽出し、その部分だけで全体のコンセプトが表現できるか、ということにトライする。そこにクリエィティビティが生まれるってことですね? 反対に論理型思考の人は、すべてを分解し、何も捨てずにまたすべてを正確に組み立てる。そうじゃないと再現できないと考えているから、単純化なんてもってのほかだと。だけどそれだと、「本質」はどの部分なのか、と特定し、先鋭化させることができない。
P&Gの事業部トップがみせた「橋を架ける」姿勢
濱口 そう。だから、論理・分析型の人とイノベーションは相性が悪いんですよ(笑)。そして、先ほどの図の縦軸を人口に変えて、人口分布を見てみましょう。これが、釣鐘型ならクリエイティブ人口が多いめっちゃ幸せな未来が待っているのですが、実際は左右両方に山ができている状態になります。
ちきりん 最初の分布がそうだとしたら、学校教育が左の論理ばかりを熱心に教えるから、結果としてはさらに左に偏った人が多くなりそう。
濱口 そうですね。そして、左の論理の人と右の直感の人って、使う言語が違うんですよ。そして会社組織で見てみると、経営陣は左の人が多く、クリエイティブ職の人は右が多い。この2つの間の溝を埋める工夫というのは、いま世界中でいろいろ考えられています。
例えば、P&Gというのは事業部制をとっていて、各ブランドそれぞれにトップがいます。以前、あるブランドのグローバル展開をどうするか、という戦略を社員がトップにプレゼンテーションする報告会に同席したことがあります。そのトップはすごくロジカルな人なんです。でも各チームの発表の中に、よくわからないイメージ図や動画が必ず入っているんですよ。きっと、日本企業の役員会議だったら「意味不明だ」「やめたまえ」と言われそうなレベルです(笑)。
ちきりん 創造的な結果を得るには、論理思考と直感型思考の両方が必要だと理解して、組織的、人事配置的にそれを担保してるってことですか? すごい組織ですね。そういう組織デザインができないと、これからの時代にはついていけないってことなのかな?
濱口 そうです。そして、その非常にロジカルなトップも、ぜったいよくわかってないと思うのですが、「うんうん」って最後まで聞いてるんです。これは何を意味しているかというと、「私は直感的なメッセージ、イメージも受け止めますよ」という姿勢なんですね。
ちきりん 論理思考型の自分には理解できないけど、だからこそ否定して壊してしまうのはヤバイとわかってるってことですね。それ、大事なことだと思います。
濱口 だから、右側の直感の人もどんどんアイデア、意見を出してほしいということです。会社の中でうまくストラクチャード・ケイオスの状態を活かすためには、論理と直感の2つの間に橋を架けるという姿勢を、組織のトップがはっきり示さないといけないんですよね。
「技術」と「工場」の時代から、「方法論」と「企み」の時代へ
ちきりん スタートアップだと、直感型の人が1人で立ち上げて、一発当てて急成長する、みたいな会社もありますよね。でも、2番目のヒットがなかなか出なくて停滞する。そこにコンサルタントなど、論理思考を突き詰めてる人を呼び込んで一緒に議論することで、全体としてストラクチャード・ケイオスの状態を生む、みたいなことは可能なんですか?
濱口 方法論を知っていれば可能だと思います。でも、マッキンゼーのようなビジネスコンサルティングファームのほうが、クリエイティブを取り入れようとして失敗した例が、過去2回あるんです。1回目は、1990年代にマッキンゼーが突然デザイナーを大量に雇ったこと。これは失敗して、2000年の前半でデザイナーはみんな放出されてしまいました。
ちきりん コンサルティング会社って論理思考の権化みたいなところだから、中途半端に違うタイプの人を取り入れても、拒絶反応を起こしてしまうのかも。
濱口 でも、1つだけいいことがありました。季刊誌『マッキンゼークォータリー』の見た目が、めちゃくちゃきれいになったことです。
ちきりん 笑えます(大笑い)。
濱口 2回目は、2000年代前半に、マイケル.E.ポーターが立ち上げた戦略コンサルティングファーム、モニター・グループが、デザイン会社を次々に買収したんです。でも、これも失敗で、けっきょくモニター・グループは倒産してしまいました。
ちきりん 今度は会社ごと買ってみたけれど、けっきょく融合はできず、論理型組織と直感型組織の対立構造になってしまったんですね。
濱口 そしていま、この試みの系譜で1つだけ成功しているものがあるんです。それは、トロント大学のロットマンスクールというビジネススクールで、MBAプログラムの中でデザインも教えるという方法。論理思考と直感思考、両方を理解する人材を育成している。これは、つまり論理と直感の2つを融合する方法を教えているから、うまくいくんです。
ちきりん なるほど。つまり全く違う2種類の人を同じ場所に置くだけではなく、全員が両方を理解できるようになることが、成功の鍵なんですね。自分が不得意なほうも含め、すくなくともどちらのプロトコルも理解できないといけない。
濱口 今って、いろいろな方法論を知っているかどうかがすごく差別化のキーになる時代なんですよね。アイデア一発で成功できる時代じゃないんです。普通の天才には、受難の時代ですよ。
ちきりん 「方法論を知ること」と「再現性の確保」がどう違うのかも興味深いですが、「普通の天才」って言葉もおもしろいですね。普通じゃないから天才って呼ぶのかと思ってました。それってどんな人のことですか?
濱口 ちょっとおもしろいことを思いつける、くらいの天才のことです。スティーブ・ジョブズみたいに、世界をガラッと変えるような、ものすごいことを生み出して実現する超天才は、いつの世も強く楽しいです。そして普通の天才は、20年前なら楽しく食っていけたと思います。1つの技術やアイディアが大きな利益を生み出せたので。でも、最近は技術だけではダメで、ユニークなビジネスモデルだったりマーケティング手法だったり、さまざまな要素を相性良く設計して初めて、競争力が出てくる。
ちきりん なるほど。ジョブズは普通の天才だけど、ビジネスとしての大成功にはそれだけじゃなくて、組織としての総合力が問われると。そしてその部分には天才性というより、方法論が必要だってことですね?
濱口 論理的に考えて、さまざまな差をつくって組み合わせる。要は、「企み」ですね。これはわりと地道な作業です。ちょっとしたアイデアを思いつける普通の天才よりも、それに加えてある程度手法を知っている人が時間をかけて考えたアウトプットのほうが、パワフルになるケースが、これからもっと増えてくると思います。ビジネスの世界は解がいくらでもあるので、思っているより簡単に差分をつくることができるんですよ。
ちきりん たしかにビジネスはそこがおもしろいところだと思います。ところで、技術レベルでおもしろいものを思いついただけでは勝てなくなったのは、世の中における技術の重要性が、相対的に下がってきたからなんでしょうか?
濱口 そうですね。それは資本主義の変化とも関係していて、昔はモノを移動させて時間と場所による価格差で利益を生む商業資本主義の時代でした。その次に、技術によって効率よく、新しい商品を大量に生産する産業資本主義の時代が来ました。それは1990年頃までは主流でしたが、そこから情報や知識を主流とする情報資本主義が台頭してきました。もう、いまや誰も工場に価値があると思わないですよ。
ちきりん (ライターの方のほうを向いて)それ、私が言ったらめちゃくちゃ炎上する内容なんで、濱口さんの発言だってことを明確に書いといてくださいね(笑)。
濱口 だってそうじゃないですか(笑)。最近の例であれば、こう考えてみたらわかりやすいですよ。たとえばイーロン・マスクの会社があるとしますよね。仮にあなたが投資家だとして、今から言う3つの会社、どこに投資をしますか?
1.彼の会社を研究し尽くして、誰かがまったくそっくりにつくった会社。
2.創業者のイーロン・マスクを追い出して、別のCEOを雇い工場もインフラも全部同じものを使う会社。
3.イーロン・マスクがこの会社を辞めて、新しい事業を始めるという会社。
ちきりん 投資家はきっと、イーロン・マスクの新しい会社にお金を出すでしょうね。
濱口 でしょう。同じ工場を使っているからという理由で、2.の会社に投資はしないですよ。
ちきりん 最も大きな価値がどこにあるのか、すごくわかりやすい例ですね。私もそういう巧みな言い方を、ぜひ覚えたいです!