「幸せ食堂」繁盛記
【第七回】 2015年7月16日 野地秩嘉

安い酒場のメッカ、新宿西口の横丁で
もつ焼きの職人芸を味わう

新宿「思い出横丁」の人気店

 もつ焼き屋「ウッチャン」は新宿西口の通称「思い出横丁」にある。カウンターの店で、午後3時過ぎから開店。30分も経たないうちに満席になる。従業員は「すみません、なるべく奥の方に詰めてください」と混雑したバスの運転手みたいな言葉を発しながら、頭を下げる。

 ちなみに昭和の頃、思い出横丁は、しょんべん横丁と言われていた。酔っぱらって真っ赤になったおやじが必ずJRの線路下にむけて、立ちしょんしていたからその名がついた。往時は女子などが立ち入ることのない横丁だったのだが、名称の変化とともに明るい現代的な一角になった。そのためかウッチャンにも女子だけのグループ、外国人観光客が多数、やってくる。

 さて、ウッチャンにある「もつ」とはいずれも豚の内臓だ。もっとも、ぶれんず450円は脳みそ、カシラ180円は頭の肉だ。要するに、豚の精肉以外の部分を総称して、もつと言っている。(ただし、もつ煮込み490円だけは牛もつを使う)

 もつ焼きを担当する店長の猪亦剛聡(いのまた・たけあき)は35歳。大阪府枚方市出身である。高校を出た後、斯界の名門、辻調理師学校で学び、その後、おしゃれなイタリアンで調理を担当。7年前に上京してからは流行先端のカフェで料理人とサービスをやった。そして、カフェ時代に、もつ焼きと出会ったのである。

「みなさん、ご存じかどうかわかりませんが、関西には豚のもつ焼きはないんです。牛のホルモンを鉄板で焼いたり、味噌と煮込んだりする料理はあるんですけれど、豚もつを串に刺して焼く店はなかった。だから、僕ももつ焼きと出会ったのは上京してからです。偶然の出会いで、ウッチャンでアルバイトすることになり、その後、店長が独立したので、自分が刺し場(カウンター内厨房)に立つことになりました。もつ焼きを始めて5年です」

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野地秩嘉 1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業。出版社勤務、美術プロデューサーなど を経て、ノンフィクション作家に。食や美術、海外文化の評論、人物ルポルタージュ など幅広く執筆。近著に、「TOKYOオリンピック物語」「イベリコ豚を買いに」「打 ち合わせの天才」「アジア古寺巡礼」「アジアで働く いまはその時だ」など。


「幸せ食堂」繁盛記

この連載は、味がよく、サービスも悪くなく、値段はリーズナブルで、しかも、できればハイサワーやホッピーを置いている店のグルメガイドだ。ここで紹介される店は、金持ちの社長やグルメ評論家はまずいない。著者は、そういう店を「勤労食堂」「国民酒場」と呼ぶ。そこでは客が微笑しながら食べている。ほほえみながら食べている人と一緒にいることは至福だ。人生の幸せは勤労食堂もしくは国民酒場にある。

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