「音楽を聴く」ように「本を読む」には?【後篇】

「ライフハッカー[日本版]」「NewsWeek日本版」などのニュースサイトに、月60本近くのブックレビュー記事を寄稿し、年間700冊以上の読書量を誇る人気書評家の印南敦史氏。そんな多読生活を送る彼も、数年前までは「1ページ5分」かかるほどの超・遅読家だったという。

遅読にもかかわらず、毎日1本の書評を書くことになった彼がつかんだ、新時代の読書術「フロー・リーディング」とは? 最新刊『遅読家のための読書術』の内容をベースに、「読書スピードの遅さ」や「読書量の減少」に悩む人たちにお届けする。

スマートフォンやSNSが普及したいま、私たちの「読み方」はどんどん「いい加減」になっている。そんななか、本を読むときだけ「これまでどおりの読み方」を続けることができるのだろうか? 現代人に最適化された「フロー・リーディング」とは?

なぜ読書のときだけは
「お勉強」になるのか?

前回、ずいぶん音楽の話をしましたが、いいたいことはもはやお察しのとおり。
そう、読書にもまったく同じことがいえると僕は考えています。

音楽は必ずしも堅苦しいものとは思われていません。
基本的には「楽しむもの」であり、「落ち着くためのもの」であり、「アガるためのもの」でもあり、つまりは生活者と近い距離にあるわけです。

音楽はカジュアルに楽しめるのに、どうして本を前にすると僕らは身がまえて、変に生真面目になってしまうんでしょうか?
音楽を聴くときみたいに、もっと気軽に受け入れるわけにはいかないんでしょうか?

遅読家というのは、読書に対する「真面目さ」を捨てきれない人のことです。