安倍首相は10月1日、消費税率を2014年4月に5%から8%に引き上げると表明した。また増税による景気の腰折れを避けるために、5兆円規模の経済対策も実施するとしている。そのなかで議論を呼んでいるのが、首相が法人税の減税等、企業の負担軽減に対策の比重を置いている点だ。八代尚宏・国際基督教大学客員教授は、賃上げの必要性が唱えられているとはいえ、賃上げと法人税減税を引き換えにするといった手段は、市場経済を尊重することに反し、実際に政府が国民の賃金を増やすためには、国際標準に沿った労働法の改革が効果的だと指摘する。
賃上げは内需拡大の
「手段」か、「結果」か
国際基督教大学客員教授・昭和女子大学特命教授。経済企画庁、日本経済研究センター理事長等を経て現職。著書に、『新自由主義の復権』(中公新書)、『規制改革で何が変わるか』(ちくま新書)などがある。
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アベノミクスの3本の矢を総動員して経済を活性化させ、雇用と賃金を増やすという本来の成長戦略が、いつのまにか、「賃上げで内需拡大」という、逆の論理に擦り替わっているようだ。これは消費税増税で物価が上昇するなかで、賃上げがなければ生活が苦しくなるという批判に応えるためといわれる。しかし、そうであれば、なおさら小手先の対策ではなく、民間の住宅や設備投資の拡大に結び付くような、大胆な規制改革を促進するべきである。
たとえばロンドンやパリの様な欧州の大都市と比べて、東京都をはじめとする日本の都市中心部の貴重な空間は、十分に活用されているとはいえない。この主因である容積率等の住宅規制を速やかに改革するという総理のコミットがあれば、財政支援なしでも民間住宅投資は大いに刺激されるであろう。
賃上げなどで人件費を5%以上増やした企業の法人税を軽減する「所得拡大促進税制」は、労働組合に支持された民主党政権が導入し、2013年度から実施されている。それが自民党政権になっても、人件費を2%以上増やした企業にまで拡大して適用することが経済対策に盛り込まれた。
成長戦略のカギとなる法人税率の引き下げが、総理の強いリーダーシップで盛り込まれたことは高く評価される。しかし、法人税の減税は、本来、企業の(税引き後の)期待収益率を引き上げ、投資を促進するためのものである。減税分は人件費に回さなければならず、投資に使えば、個別調査で企業名を公表されるのだろうか。こうした個々の企業経営について、政府が介入することは、市場を活用した本来の成長戦略と言えない。仮に、派遣社員を契約社員に変えれば、派遣会社への支払い(物件費)が減り、人件費が増えるが、それで内需が増えるのだろうか。
賃金が上がる環境をつくるために、経済団体と労働組合に加え、政府も加わって話し合う「政労使会議」も始められた。しかし、このモデルとなったオランダの「ワッセナー合意」は、ワークシェアリングを進めるための労働法改正への政府の強いリーダーシップに労使の協力を求めたものであった。日本の場合に、政府が提示する規制改革の目玉もなしに、単に労使が顔合わせをする場を提供しても、その効果は小さいのではないか。賃上げは、あくまでも国内需要の盛り上がりを背景に、それに対応した人材を確保する企業の必要性が生じて始めて実現するからである。