株主総会が終わり、新経営体制が発表になった当日。新役員たちに向けて事務的な1通のメールを発信した。それは私が秘書課に異動になって間もなくのことだった。

 そのメールを見たH取締役から、モノスゴイ剣幕で電話がかかってきた。

 「今メールもらったけどね、あの宛先名の順序、間違っているよっ」

 「宛先の順序、ですか?」

 「そうだよ! ちゃんと序列順にしなくちゃあ。今日から新しい順番なんだから。T取締役は私の前じゃなくて後ろだろう!」

 「申し訳ございません。大変失礼いたしました。以後気をつけます」

 「そうだよ。ホント失礼だよ」

 「ご指摘いただきまして、ありがとうございました……」

 「秘書なんだから、そのくらいしっかりやってくれよ!」。ガチャ……。こうして電話は切れた。

 たしかに新陣容が発表になったのだから、すぐにでも新しい順序でメールを発信するべきだった。秘書はいくら気を配っても充分ということはない、と教育されたばかりだった。これからは細心の注意を払わなくてはいけないと反省した。

 それ以降は、あらゆる側面から考えてこの手紙に失礼はないか、この対応で失礼はないか、と細かいところまでよ~く考えるようになるきっかけとなったので、その意味でH取締役から注意されたことは今でも感謝している。

 しかし、ふと考えてみると、取締役という重責や業務内容の深さと比較すると、H取締役の言動はあまりにもミスマッチで、違和感を覚えたのはなぜだろうか。

 そんなこと気にしなくたって、エライ立場の人だってわかっているのに…。

苦労の多い管理職より
専門職のほうがよっぽどラク

 ときどき「女性は地位や肩書にあまり固執しない」などと言われることがある。私が違和感を覚えた理由はそこにあるのかしら?

 そういえば、私の女友だちが言っていた。

 「肩書なんてついて、なまじ管理職になって部下を指導するという苦労を背負い込むよりも、専門職として自分の能力を発揮したほうがよっぽど楽しいし、気がラクよ!」

 彼女は仕事もできて頭もよくてしっかりしている1人だが、そう言って一般企業の部長の地位をさっさと捨てて、税理士に転身し、さらにイキイキと働いている。

 また専門的な知識をもち、勉強熱心な別の女友だちも管理職に抜擢されてしばらくしたころ、ずいぶんと悩んでいたっけ。

 「私にはとても数十人の部下たちを指導して引っ張っていく力なんてないわ。1つの部門を任されるって大変なことね」