橘玲の日々刻々 2019年4月11日

「日本社会は大卒か非大卒かによって分断されている」
という"言ってはいけない事実"
【橘玲の日々刻々】

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 SSM(社会階層と社会移動全国調査Social Stratification and Social Mobility)とSSP(階層と社会意識全国調査Stratification and Social Psychology)は、社会学者を中心に行なわれている日本でもっとも大規模で精度の高い社会調査だ。

 その結果をまとめた吉川徹氏の『日本の分断 切り離される非大卒若者(レッグス)たち』(光文社新書)では、現代日本社会は学校歴ではなく学歴(大卒か非大卒か)によって分断されているとして、中卒・高校中退・高卒の「軽学歴」のひとたちをレッグス(LEGs: Lightly Educated Guys)と名づけた。衝撃的なのは、“ジモティー”や“ヤンキー”などと呼ばれ、マンガ、小説、テレビ・映画などで繰り返し描かれた彼らのポジティブ感情(≒幸福度)が際立って低いことだ。

[参考記事]
●“ジモティー”や“ヤンキー”など地方在住の若者たちの幸福度が極端に低い理由とは?

 吉川氏は次のように述べている。

 若年ワーキングプア、正規・非正規格差、教育格差、勝ち組/負け組、上流/下流、子どもの貧困、さらには結婚できない若者、マイルドヤンキー、地方にこもる若者、地方消滅………次々に見出される現代日本の格差現象の正体は、じつはすべて「大卒学歴の所有/非所有」なのだ――。

 これは日本社会において、これまで「言ってはいけない」とされていた事実(ファクト)だ。

 

非大卒の若者たちの多くは無理をしてまで大学に行こうとは思わない

 日本では高校進学率は98.8%とほぼ全入となったが、大学進学率は50%、短大を加えても58%で、10人のうち4人は「非大卒」だ。少子化によって偏差値の低い大学(俗にいう「Fラン」)は恒常的に定員割れを起こすようになり、入学金と授業料さえ払えれば誰でも「大学生」になれるようになった。それにもかかわらず大学進学率が頭打ちになることは「ガラスの天井」と呼ばれている。

 民主党政権の高校無償化によって、1990年に12万3000人だった高校中退者は2015年には4万9263人へと5万人を切った。これは大きな成果だが、だからといって大学進学率が伸びたわけではない。もちろんそのなかには貧しさのために進学を断念するケースもあるだろうが、非大卒の若者たちの多くは無理をしてまで大学に行こうとは思わないのだ(大学無償化の議論はこの事実を無視している)。

 そんなレッグスたちはなにを考えているのだろうか。それを知りたくて社会学者、知念渉氏の『〈ヤンチャな子ら〉のエスノグラフィー ヤンキーの生活世界を描き出す』(青弓社)を手に取った。

 2014年に「マイルドヤンキー」が新語・流行語大賞にノミネートされ、「高卒無業者」「フリーター」「ニート」「貧困・生活不安定層」「ノンエリート青年」など日本型雇用システムの周辺や外部で生きる若者たちが注目されたにもかかわらず、彼らに関する実証的な調査研究はほとんど見当たらない。そのことに疑問を抱いた知念氏は、2009年9月から12年3月まで大阪府の公立底辺高校で参与観察を行なった。

 調査を受け入れたのは、1970年代に全日制普通科高校として開校され、その後、普通科総合選択制に改編された高校で、生徒数600人程度(男女の割合はほぼ同数)、教員数は80人程度。「社会経済的に厳しい状況に置かれた人々が集住する地域」に立地し、町工場や大きな商店街がある一方で、日本でも有数の都市化が進んだ繁華街が隣接していて、そこには富裕層が多く居住している。ひとり親家庭率は50%以上、生活保護世帯比率は約30%、入学時の生徒数に対して卒業時の生徒数は3分の2になるのが現状だという。

 調査のペースは09年度から10年度は週1回程度、11年度は月1回程度で、調査の日はたいてい朝から夕方まで高校に滞在し、授業や休み時間、放課後に生徒たちの様子を観察したり、生徒たちと会話をしたりした。また、職員室の一角に席を用意してもらい、時間があるときは、そこでメモを整理したり教員と話をしたりした。10年度は「学習サポーター」という役割を与えてもらい、1日2時間ほど授業をサポートしていたが、生徒からは基本的に「先生」ではなく「学生」として認識されていた。授業が行なわれている教室ではなく、彼らがよくたむろする校内の食堂前のベンチに座って遅刻してくる生徒の登校を待つこともあったという。

 調査対象は09年当時1年生だった〈ヤンチャな子ら〉と呼ばれる男子生徒たちで、調査2年目から進級する者、1年生にとどまる者、中退する者などに分化していく。最初は休み時間や放課後に話しかけても、そっけない返事をされたり無視されたりすることが多かったが、〈ヤンチャな子ら〉のメンバーの何人かと話をするようになったことをきっかけに、最終的には14人と関係をきずくことができた。単年度の学校(学級)観察ではなく、中退者を含め、高校1年生から20代前半までを追跡したことが知念氏の調査の大きな特徴だ。

〈ヤンチャ〉とは「〈インキャラ〉ではない者」

 知念氏によると、この高校の生徒たちは大きく〈ヤンチャ〉〈ギャル〉〈インキャラ〉に類型化される。

〈ヤンチャ〉は教師に反抗したり、警察に補導されたりするような行動を繰り返す男子生徒たちで、かつての「不良」「ヤンキー」だが、教師は彼らを〈ヤンチャな子ら〉と呼ぶ。暴走族だった若者がよく「自分は若いときヤンチャしていて」と自己紹介するが、ここから取られたのだろう。

〈ギャル〉は化粧して髪を染めパーマをかけ、制服のスカートの丈を短くするなどの格好をした女性生徒たちで、かつてならは「不良少女」「レディース」などと呼ばれただろう。〈ヤンチャな子ら〉ほど積極的に教師に反発するわけではないものの、授業中に化粧をしたり友人同士でおしゃべりをして教師たちに注意されたりすることがしばしばある。〈ヤンチャ〉のメンバーと仲がよく、恋人関係にある者もいる。

〈インキャラ〉は「陰気なキャラクター」の略語で、現代日本の中学生・高校生に広く流布し、男子にも女子にも適用されるカテゴリーだとされる。授業中の態度は物静かだが、教師たちの話を真面目に聞いているわけではなく、携帯型ゲームをしたり小説を読んだりするなど彼ら彼女らなりに授業をやり過ごしている。休み時間や放課後には、男子の場合はテレビゲームやカードゲーム、女子の場合はおしゃべりなどに興じている。

 知念氏の観察によると、底辺高校でも〈ヤンチャ〉と〈ギャル〉が生徒全体に占める割合は多めに見積もって30%から40%で、多数派ではなかった。

〈ヤンチャ〉〈ギャル〉と〈インキャラ〉のあいだには、はっきりとしたスクールカーストがある。〈ギャル〉は〈インキャラ〉の男子生徒を相手にしないし、〈ヤンチャ〉はいじめはしないまでも、〈インキャラ〉とかかわることや、その同類と見なされることを極端に嫌う。

 コウジ(生徒名はすべて仮名)という〈ヤンチャ〉な生徒は、過去の非行経験を訊かれて「なんもない。おれは〈インキャラ〉やったから」と答える。あるいは、授業中にPSP(ソニーの携帯ゲーム機)で遊んでいた男子生徒を教師が注意したところ、ダイという〈ヤンチャ〉が「きもちわるいな、ホンマ、お前ら」と怒鳴りつけた(怒鳴られた生徒は無反応だった)。

 ここから知念氏は、〈ヤンチャ〉とは「〈インキャラ〉ではない者」として定義されていると述べる。〈インキャラ〉は「キモい」生徒たちであり、〈ヤンチャ〉や〈ギャル〉は「キモくない」のだ。こうした生徒同士の関係は、高校のランクは異なるものの、朝井リョウ氏の『桐島、部活やめるってよ』(集英社文庫)で描かれたものによく似ている。

 私が高校生の頃は(ずいぶん昔だが)、それぞれの学校に「番長グループ」があり、「不良」というのはそのグループに属している者のことをいった。それ以外の生徒が不良の真似をすると制裁の対象となり、グループに加わるか、不良をやめるかの選択を迫られた。「不良」には実質があり、誰が不良で誰がそうでないかを見誤ることはなかった。

 現在は「個人化(液状化)」が進み、かつてのようなはっきりした「グループ(族)」は形成されなくなった。こうして〈不良〉の実質がなくなって〈ヤンキー〉になり、さらに空洞化が進んで〈マイルドヤンキー〉から〈ヤンチャな子ら〉になったのだろう。明確な標識をもたない彼らは、学校内で自分たちのアイデンティティを生み出すために〈インキャラ〉という参照軸を必要とするのだ。


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