行動遺伝学が正しければ愛着理論は間違っている
こうした研究は興味深く、それを一概に否定することはできないものの、ミーニーのラットの研究とは明らかに異なることを指摘しておかなければならない。ミーニーはエピジェネティックな現象であることを証明するために、ラットの母親を入れ替えることで遺伝の影響を排除した。しかし人間を使った後続の研究では(当たり前のことだが)こうした統制はされておらず、「神経質な親から神経質な子どもが生まれた」「愛情あふれる親から共感力の高い子どもが生まれた」と説明することができるし、こちらの方がずっとシンプルだ。
さらに決定的なのは、これまでの「愛着理論」の研究が行動遺伝学の知見をいっさい無視していることだ。行動遺伝学は半世紀以上にわたって、双生児を調べることで遺伝と環境の影響を明らかにしてきた。そこには膨大な蓄積があり、そのすべてが「親から子どもへの遺伝の影響は一般に思われているよりも大きい」ことと、「環境が子どもに与える影響のなかで子育て(共有環境)は無視できるほど小さい」ことを示している。
子育ての影響についてはイギリスの双生児研究の権威ティム・スペクターが『「エピジェネティクス」が2人の運命を分ける 双子の遺伝子』(ダイヤモンド社)のなかで、アメリカ政府が出資した大規模研究「NEAD:非共有外部要因と青年期の発達」の結果を次のように述べている。
「思春期の子どもに対する親の態度――厳しいか、優しいか、愛情深いか、無関心か――と、その後の子どもの行動に相関が見られる(ものの)、その根本的な原因となっていたのは、母と子の遺伝的要因だった。(中略)母子が共有する遺伝的要因が、母親には厳しい養育態度をもたらし、子どもには思春期の反社会的行動をもたらしていることもわかった。母親の養育態度と子どもの反社会的行動の一致の70パーセント以上は、未特定ながら母子が共有する遺伝子によって説明できたのだ」
さらに、アメリカの幼い双子と兄弟姉妹のグループを思春期まで追跡した結果、親の虐待が子どもの性格をかたちづくるのではなく(幼児期の虐待とその後の行動にはわずかな相関しか見られなかった)、子どもの(不品行な遺伝子が引き起こす)行動に対する親の否定的な反応が虐待につながることがわかったという。この見方によれば、親を中心とするこれまでの「子育て理論」はコペルニクス的転回を余儀なくされる。虐待は子どもの(遺伝的)特性、あるいは母と子の(遺伝的な)相互作用として研究すべきなのだ。
もちろん、子育ての影響がまったくないということではない。NEADのデータを再分析すると、思春期のうつ病をもたらす外部要因の5%が母親の否定的な態度だとされた。とはいえ、行動遺伝学者のロバート・プローミンが43件の双生児研究をメタ分析したところ、親の影響による行動のちがいはわずか2%で、兄弟姉妹の影響で生じるちがいと同程度だった(生まれ順の影響はわずか1%でさらに重要性が低かった)。
これまで心理学者は、行動遺伝学の研究を一貫して無視して独自の理論を唱えてきた。愛着理論はその典型だが、双生児研究の頑健さが分子遺伝学レベルでも確認されている以上、もはや「別世界」の話にすることはできない。行動遺伝学が正しければ、愛着理論は間違っているのだ。
生後1カ月の母親の対応で一生が決まるような「設計」は進化論的に説明できない
だとすれば、ミーニーのラットの研究はどのように理解すればいいのだろうか。「母ラットの愛情」という擬人化を取り除いてこの現象を眺めるなら、エピジェネティクスが環境に適応する進化の仕組みであることが明快に理解できる。
ラットにとって「危険な環境(天敵であるネコがたくさんいる)」と、「安全な環境(ネコがいない)」があったとしよう。当然のことながら、危険な環境では神経質なラットが、安全な環境では大胆なラットが生き残るのに有利だ。ラットは生後10~12週齢から交配を行なうので、子どもや孫が生まれるときにも同じ環境が継続している可能性は高いだろう。
そのように考えれば、危険な環境で生息する母ラットが、(なめないことで)子どもをエピジェネティックに神経質にし、その変化がメスの子どもに引き継がれて神経質な孫を産むのは進化論的にきわめて合理的だ。その一方で、安全な環境に生息する大胆なラットは、子どもをなめることでエピジェネティックに大胆にし、それがメスの子どもに引き継がれて、安全な環境に適した大胆な孫を産むようになる。
ここに「愛情」はなんの関係もない。ラットはリッキングとグルーミングによって、子どもがどのような環境に生きることになるかのシグナルを送り、そこで最適な気質になるようエピジェネティックに遺伝子を操作しているのだ。
だとすれば、これと同じ仕組みをヒトが備えているとするのは、控えめにいってもかなり疑わしい。赤ん坊が生まれてから自分の子どもを産むまでには20年ちかくかかるから、その間に環境は大きく変わっているだろう。ラットのような単純なシステムで気質を固定してしまうのは、かえって生き残りに不利になるのだ。ヒトの環境への適応はラットよりはるかに複雑で、生後1カ月の母親の対応で一生が決まるような「設計」は進化論的に説明できない。
もちろんこれについてはさまざまな議論があるだろうが、最後に付け加えておくと、ラットを擬人化する背景には「母親の愛情が子どもに大きな影響を与えているにちがいない(与えているべきだ)」という願望や、「愛情あふれる子育てによって子どもは幸福に育つはずだ(育つべきだ)」というイデオロギー(子育て神話)がある。
だがこれは逆にいえば、「愛情のない親に育てられた子どもは社会的に成功できない」「子どもに愛情を注ぐ余裕のない貧困家庭に生まれたら一生不幸になる」ということでもある。リベラリな社会は、こうした偏見を受け入れることはできないだろう。
子育ての科学はまだ緒についたばかりで、「母親の養育態度が悪く、なおかつその支配が強い場合、うつ病、不安障害、反社会性人格障害、強迫性障害、薬物乱用、反動的ストレス反応を招くおそれがある」との研究もある。これは「愛情なき支配」と呼ばれるが、日本には「毒親」というぴったりな言葉がある。
虐待された子どもの大半は虐待する親にならないが、そこにエピジェネティックな影響がまったくないとすることもできない。だが救いは、メチル化のようなエピジェネティックな変化は元に戻せないわけではないということだ。
ミーニーらは、母ラットからネグレクトされた子ラットのストレス反応を社会環境や薬物で解消することに成功したという。だとすれば将来、毒親に苦しむ子どもの治療にエピジェネティックな薬が使われるようになるかもしれない。
橘 玲(たちばな あきら)
作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)、『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)、『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)、『もっと言ってはいけない』(新潮新書) など。最新刊は『上級国民/下級国民』(小学館新書)。
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