「リベラルな監視社会」は実現可能
私はこれまで、世界は「知識社会化」「グローバル化」「リベラル化」の大きな潮流にあると述べてきました。治療法のない感染症の下で知識社会化と(システムの)グローバル化が進むとしても、すべての国が国境を閉じ、国民を監視する「排外主義的独裁社会」が到来すると考えるひとは多いでしょう。
こうした不安はもちろん根拠のないものではありませんが、「監視社会」が必然的に「独裁政」とセットになるわけではありません。私たちはオーウェル的なディストピアのイメージに囚われすぎており、別の(オルタナティブな)可能性を無視しているのではないでしょうか。それは「リベラルな監視社会」です。
ネットが世界を覆ったことで、プライバシーの概念が変わってきました。SNSなどに積極的にプライバシー情報を公開するのは、それによって注目を集め評判を獲得することができるからでしょう。「評判リッチ」になるのはこれまで芸能人など少数のセレブの特権でしたが、SNSはセレブリティを大衆化したのです。
インターネット上の個人情報をビッグデータにし、巨大ビジネスにつなげているのがGAFAなどのプラットフォーマーで、多くの(それなりに正当な)批判にさらされていますが、一般ユーザーがそれによって多様で便利なサービスを無料で、あるいは格安で使えるようになったことも確かです。ユーザーとプラットフォーマーのこの関係を「グローバル企業による一方的収奪」と決めつけるのは無理があるでしょう。
さらに興味深いのは、ここでもスウェーデンの事例です。「世界でもっともリベラルな国」とされるスウェーデンは「プライバシー」と「個人情報」を分け、「プライバシー情報は守らなければならないが、個人情報は社会の便益のために原則として公開されるべきだ」としています。
たとえば所得情報は、社会保障給付の権利を守り、適切な納税などの義務を果たすために公開されるべき「個人情報」とされ、誰でも他人の確定申告を閲覧して正しく納税しているかを確認できるし、その結果、申告している所得額が生活水準からかけ離れているときは積極的に税務当局に情報提供することが「国民の義務」とされています。――同時に、誰が自分の所得情報を閲覧したかは本人に通知されます。
[参考記事]
●「自立した自由な個人」により成り立つスウェーデンの高福祉。移民流入により、その社会実験の結末はどうなるのか?
それに加えてマイナンバーを金融機関の口座情報と連結し、税務当局がリアルタイムで入出金や残高を把握できるようにすれば、今回の感染症のような突発的な事態で収入が大きく減ったひとだけをピックアップして迅速に補填できますから、8兆8800億円も巨額の予算を投じて、経済的になんら実害のないひとにまで1人10万円をばらまくようなバカげたことをする必要もなくなるでしょう。――資産状況も把握できれば、たとえ収入が減っていてもじゅうぶんな金融資産をもつひとを支援から外し、預金のないひとを手厚く支援することも可能になります。
アンダー・コロナでは、感染症の拡大を防ぐための位置情報や困窮するひとを的確に経済支援するための資産・入出金情報も「公開すべき個人情報」と見なされるようになるかもしれません。すなわち、「監視」と「リベラル化」は両立するのです。
そのように考えれば、これから到来するのは中国のような独裁政下の監視社会ではなく、民主政(デモクラシー)の下で行政が市民を監視すると同時に、市民も政治や行政を監視し、同時に市民同士が監視しあう「リベラルな超監視社会」なのではないでしょうか。
さらにいうならば、この「リベラルな監視社会」は社会的トリアージによって病院機能を持続可能にし、治療を受けられないひとに安楽死の選択肢を提供することとも両立するでしょう。このようにすれば、独裁政を拒否し、自由を手放さずに感染症にきわめて強い社会を構築することができます。
ここではとりあえず、その可能性を指摘しておきたいと思います。
橘 玲(たちばな あきら)
作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)、『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)、『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)、『もっと言ってはいけない』(新潮新書) など。最新刊は『上級国民/下級国民』(小学館新書)。
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