アレクサンダー・ニックスという謎の男が夢中になったのは「大衆を操って選挙に勝つ」というゲーム
『告発』の魅力のひとつは、著者のカイザーがイギリスの“上流階級のなかの上流階級”で、世界じゅうの選挙結果を操ろうとするアレクサンダー・ニックスという謎の男と3年にわたって身近に接してきたことだ。とはいえ、ニックスがそもそもなにを目的にしていたのかは最後までよくわからないままだ。
イギリスの大富豪の一族に生まれ、ノルウェーの大富豪を妻に迎えたニックスには、カネのために働く理由はまったくない。だがニックスは報酬の支払いにはきびしく、「この仕事でいくら儲かるか」に執着していた。
カイザーがSCLをはじめて訪れたとき、バッキンガム宮殿のグリーンパーク近くにある事務所は「1960年代から一度も改装していないような古いビル」で、「名も知れない小さな新興企業のオフィスが集まっていて、SCLもビタミン飲料の会社と廊下を共有していた」「1階の会議室に通じる廊下には、小さな瓶が詰まった木箱が所狭しと置かれ、足の踏み場もない。会議室は全入居者の共有スペースになっていて、使うときには時間単位で料金を支払う必要があるらしい。アレクサンダーのような上流階級(ボッシュ)の政治コンサルタントのオフィスとして想像していたのとはまるで違っていた」と描写されている。
「そもそもSCLのオフィスは、大物の実業家や国家元首を連れてくるような場所ではない。狭く、窓もなく、正午頃でも薄暗かった。カーペットはすり切れたグレーの工業用のもので、吊り天井は小さなくぼみででこぼこしており、奇妙な染みがついていた。ふたつのガラスボックス(幹部とデータサイエンティストの部屋)を除けば、およそ90平方メートルのひと部屋にスタッフ全員が押し込まれ、机を寄せてつくったふたつの島の周りを取り囲んでいた。ほかには、内密のミーティングができる唯一のスペースとして2.5メートルか3メートルほどの小さな部屋があり、テーブルがひとつと椅子がいくつか置いてあった。エアコンがないので「スウェットボックス」と呼ばれていた。社員たちが缶詰のイワシのように「スウェットボックス」に詰め込まれているあいだ、アレクサンダーは見込み客を近くの洒落たバーやレストランで接待するのだ」
この雑居ビルの狭いオフィスで働いていたのはルーマニア人やリトアニア人のデータサイエンティストで、それを仕切っていたのはケンブリッジ大学の同級生である2人の博士だった。卒業後は金融機関や石油サービス会社で働いていたが、「最先端のデータプログラムを設計する機会と自分の裁量で仕事のできる機会を求めてSCLに移ってきた」のだ。――SCLには一時期、グーグルの元CEOエリック・シュミットの娘もインターンで働いていた。
ニックスは、政治的イデオロギーにまったく興味がなかったようだ。アメリカの保守派に近づいたのは、民主党=オバマ陣営がすでに選挙でSNSを活用しており、食い込む余地がなかったからだ。ブレグジットにかかわるようになったのも、マーサーやバノンから英国独立党(UKIP)など離脱派を紹介されたからだった。
2016年の共和党大統領候補を決める予備選では、SCL=ケンブリッジ・アナリティカはテッド・クルーズとトランプ陣営に助力していた。そのときニックスは、カイザーにこういっている。
「トランプが大統領になるなどと考えているのはもちろん馬鹿げている(中略)。米国人はそんなことを考えないし、多くの人が笑い物にしている。(テッド・)クルーズや(マーク・)ルビオ、あるいはほかの誰かが共和党の指名を獲得し、結局はヒラリーに負ける」
ニックスは天性の営業マンで、彼が夢中になるのは「大衆を操って選挙に勝つ」というゲームと、世界じゅうの有名人とレストランやバー、パーティーなどで飲み騒ぐことだったようだ。ニックスはカイザーに、「(個人情報を使って選挙結果を操ることは)西部開拓時代と同じだよ」と述べた。
性格タイプに合わせて特定のメッセージを送る「行動マイクロマーケティング」
カイザーは、ケンブリッジ・アナリティカが行なっていたのは「PSYOP(サイオプ)」だという。Psychic Operation(心理作戦)のことで、Psychic War(心理戦争)を言い換えたものだ。
PSYOPの基本は「行動させるコミュニケーション」だ。クライアントへのプレゼンテーションでは、ニックスはこれを、プライベートビーチに一般人が入ってこないようにするにはどうすればいいかで説明する。
対処法のひとつは、四角い白い看板に「パブリックビーチはここまで」と書いた看板を立てることだが、これはまったく効果がない。もうひとつの対処法は、鉄道の踏切のような鮮やかな黄色の三角形の標識に、「注意! サメの目撃情報あり」と書くこと。こちらはものすごく効果がある。コミュニケーションの仕方によって、ひとびとの行動は自由に操作(operate)できるのだ。
ニックスはクライアントに、「弊社は広告会社ではありません」と説明する。「人の心理を見抜く力を備え、科学的に厳密なコミュニケーションを行う会社なのです。政治運動やコミュニケーション活動が陥りがちな最大の誤りは、めざす目標地点ではなく、現在いる場所から始めようとすることです」
「現在いる場所」とは、たとえば目の前にある(売りたい)商品だ。映画館でコーラの販売量を増やしたいと相談すれば、広告代理店の営業マンは「販売場所にもっとコーラをたくさん置きましょう。コーラのブランド化が必要です。映画の前にコーラの宣伝をする必要もあります」というだろう。
だがニックスは、「それは全部コーラのことだ」という。「ここで立ち止まって、ターゲットとなる観客に視点を移し、『いったいどんなときにコーラをもっと飲みたくなるのだろう』と考えてみてください」
そして次のスライドで、映画館の空調の温度がどんどん上がっていく様子を見せる。「やるべきなのは、ただ劇場の室温を上げることなのです」
大衆を動員する手法は、全体主義(ナチズム)の研究などで繰り返し取り上げられてきた。SCLの新しさは、大衆をセグメントに分類して、それぞれのグループに最適な「行動させるコミュニケーション」を開発し、さらに効果を高めていることだ。これが「サイコグラフィクス」で、性格タイプに合わせて特定のメッセージを送ることは「行動マイクロマーケティング」と呼ばれる。
サイクゴラフィックスのベースになるのが「ビッグファイブ理論(OCEANモデル)」で、パーソナリティ(そのひとらしさ)は、「開放的(Open)」「誠実(Conscientious)」「外向的(Extroverted)」「協調的(Agreeable)」「神経質(Neurotic)」の5つの特性の組み合わせで理解できるとする。――ビッグファイブ理論と、これをケンブリッジ・アナリティカがどのように使っていたかは下記で書いた。
[参考記事]
●「学力は教育によって無限に開発できる」というのはフェイクニュース 一般知能は77%という高い遺伝率を誇る「遺伝的な宝くじ」である
銃規制に反対するキャンペーンを行なうとき、サイコグラフィックスで「閉鎖的で協調性がある」とされたグループには、伝統と家族の価値を強調する言葉とイメージを使った広告が効果がある。
それに対して「外向的で協調性に欠ける」グループは、「何に関しても自分の意見を聞いてもらいたがる」「自分にとって何が最善か知っていて、何事も自分で判断したいと思っており、人の指図を受けることを、特に政府から指図されるのを嫌う」とされる。「自助自立」を重視するこうしたターゲットは、女性が拳銃を振りかざし、きびしい表情を浮かべ「私が拳銃をもつ権利を問題にしないでほしい。あなたが拳銃をもたない愚かさを問題にしないから」という広告に強く反応したという。
ケンブリッジ・アナリティカはビッグファイブ理論をもとにターゲットを32の主要な性格グループに分け、それぞれのグループごとに最適化された広告をつくるだけでなく、それを20~30ものバリエーションにして異なる時間に送信し、ソーシャルメディアの異なるフィードに掲載して、なにがいちばん効果的かを検証した。ランダム化比較試験によって、もっとも費用対効果の高い広告を効率的に見つけようとした。




