コスト削減で確実に利益を出し続けるため
「人間倉庫」と化したアメリカ民営刑務所の実態
【橘玲の日々刻々】

2020年8月13日公開(2020年8月13日更新)
橘玲

"ぜったいに利益の出るおいしい商売"民営刑務所が抱えている矛盾

『13th -憲法修正第13条』で描かれたたように、アメリカの収監人口が急激に増えはじめたのは1970年代になってからで、背景にはニクソン政権の「麻薬戦争A War on Drugs」がある。ニクソンは薬物依存を「アメリカのパブリックエネミー(公共の敵)ナンバーワン」と呼んで、その根絶を有権者に誓った。

 麻薬戦争はその後もカーター、レーガン、(父)ブッシュ、クリントン政権に引き継がれ、とりわけクリントン時代の「スリーストライク法(1年以上の刑を科せられた前科が2回以上ある者が3度目の有罪判決を受けた場合、犯した罪にかかわらず終身刑となる)」によって収監者が激増した(映画には、クリントン元大統領がスリーストライク法に署名したのは過ちだったと認める場面が出てくる)。

 収監者が激増した理由のひとつは社会がゆたかになったことで、市民の「安全」に対する要求は年々きびしくなっていった。子どもが誘拐されたり、ギャングの抗争に巻き込まれて死亡するたびに世論が沸騰し、政治家は犯罪に対してきびしく対処することを約束した。コカインを粉末にして吸引するクラックコカインが黒人のあいだで流行したとき、売人(その多くは黒人)を刑務所に送るよう求めたのは黒人の政治家やコミュニティだった。

 社会が犯罪に対して不寛容になるにつれて逮捕者が増え、各州は刑務所の新・増設に追われた。1981年にロナルド・レーガンが大統領になり、「市場原理主義」的な経済政策を採用すると、規制緩和と民営化が一気に進んだ。

 刑務所関連の支出が4倍に増えたことに目をつけたのが、陸軍士官学校時代にルームメイトだったトーマス・ビーズリーとロバート・クランツで、2人は共和党の大統領候補の資金集めパーティで雑談中に、企業の重役から「若者にはすごいチャンスじゃないか。刑務所の問題を解決できると同時に、金をたくさん儲けられるんだ」といわれたという。

 ドラッグ戦争が過熱すると、各州は受刑者に最低でも刑期の85%の服役を義務づけるようになった。刑務所建設ラッシュがピークを迎えた10年間に、年間10億ドルを費やして全米でおよそ600の刑務所が新たにつくられたが、それでも「需要」に追いつかなかった。

 ビーズリーとクランツには政治的なコネとビジネスの経験があったが、刑務所を営利事業として運営できる人物がどうしても必要だった。そこで白羽の矢を立てられたのがテレル・ドン・ハットーで、テキサス州の刑務所プランテーションを運営した経験と知識を活かしてアーカンソー全体の刑務所の営利化にかかわり、ヴァージニア州で5年間刑務所運営に携わっていた。

 3人がコレクション・コーポレーション・オブ・アメリカ(CCA)を創設してまもなく、ハットーは国内最大の刑務所協会であるアメリカ刑務所協会(ACA)の会長となり、たちまち刑務所開設の認可を得た。彼らはヒューストンのホテルを移民収容センターに改造したのを皮切りに、テネシー州の少年拘置施設と成人用刑務所の運営を請け負い、1986年にCCAはナスダック上場を果たした。

 2017年の時点でCCAが運営する施設は、州刑務所や郡拘置所から更生訓練施設、連邦移民収容センターまで全米80カ所におよび、常時8万人を収容している(民営刑務所には受刑者人口の約8%が収容されている)。

 創業者の一人であるビーズリーはビジネス雑誌に、「(民営刑務所のビジネスは)車や不動産やハンバーガーを売るように売るだけ」と語った。実際、CCAの商売の仕方はホテルチェーンにちかいものだった。

 バウアーが働いている当時、ルイジアナ州は受刑者1人につき1日34ドルを支払っていた。一方、州が運営する刑務所での受刑者1人あたりの1日の平均費用は52ドルだった。州と民営刑務所の契約(のおよそ3分の2)には収容率保証(一定数の受刑者を送り込めなかった場合は州が補償金を支払う)が条件に含まれていて、ウィン矯正センターは99%の収容率が保証されていた。いちど契約を交わしてしまえば、民営刑務所はぜったいに利益の出るおいしい商売なのだ。

 ここから、民営刑務所が抱えている矛盾を見て取るのはたやすい。州がCCAに受刑者の収容を委託するのは刑務所の費用を抑えるためで、民営刑務所のコストは公営刑務所に比べて15%安いとの調査がある。それにもかかわらず、CCAは上場企業として利益を出し、株主に配当しなければならない(CCAはすくなくとも年8%の利益を見込んでいた)。となれば、あとは運営コストを引き下げるほかない。

 バウアーの初任給は時給9ドルだが、ルイジアナ州の公営刑務所のヒラ刑務官は時給12.5ドルだった。ウィンでの受刑者1人あたりのコストは、1990年代後期から2014年にかけて、物価調整後で20%ちかく減っていた。「民営刑務所は質を下げずに税金を節約できる」とされたが、それが机上の空論なのは明らかだ。

民営刑務所の実態をひとことで表わすなら「人間倉庫」

 公営刑務所よりも安いコストで囚人を受け入れ、それでも上場企業として株主を満足させるだけの利益を出そうとすればどのようなことになるかは、バウアーの体験として克明に描かれている。それについては本を読んでいただくとして、民営刑務所の実態をひとことで表わすなら「人間倉庫」になるだろう。できるだけ安いコストで、刑期が来るまで囚人をただ閉じ込めておくのだ。

 社会復帰のためのプログラムもなければ刑務作業もなく、囚人はわずかな運動の時間とテレビを見る以外は、することもなく雑居房で過ごす。当然、トラブルが頻発するが、受刑者が暴れると暴動鎮圧の訓練を受けた特殊作戦対応チームSORTが投入され、プラスチック弾やスタンガン、催涙弾といった“殺傷能力の低い”武器を使って規律に従わせる。

 ウィンの受刑者は75%が黒人で25%が白人だが、人種対立はないという。白人受刑者が少数派なので、ギャング組織をつくって黒人と対抗しようとは思わないようだ。受刑者と同じく刑務官も大多数がアフリカ系で、白人のバウアーは「なぜこんな仕事をするのか」といぶかしがられた(あとでジャーナリストだとわかったとき、みんな納得したという)。

 民営刑務所での囚人の扱いがどのようなものか、ひとつだけ例を挙げておこう。

 最初の頃にバウアーは、車椅子に乗った年輩の黒人受刑者に出会った。指先のない手袋をはめていたが、そこからなにも突き出していなかった。男は壊疽で両脚をなくしたうえ、指までなくしたのだという。

 記録によると、男は4カ月間にすくなくとも9回、医師の診療を求め、足の腫れ、ただれ、膿み、眠れないほどのはげしい痛みを訴えたが、職員に足の裏用のパッドとうおのめ除去用テープ、鎮痛剤を渡されただけだった。いちど、腫れあがって膿がにじむ足を刑務所長に見せたことがあったがなんの対処もされず、看護師からは「あなたはどこも悪くない。こんど救急で来たら、仮病で懲罰の報告書を書く」といわれた。

 夜は痛みのため、ベッドでは寝られず椅子に座っていた。ある日、寝不足で倒れてコンクリートの床で頭を打ったが、医務室に運ばれたものの、医者に見せることもなく棟に戻された。手足の指が黒ずんで膿がにじみ、ほかの受刑者たちが感染するのではないかと騒ぎだし、よその部屋に移らないなら殺すと脅されてようやく地元の病院に連れていかれたが、すでに手遅れで両脚を切断することになったのだ。

 受刑者を病院に搬送した場合、入院費はCCAが負担し、短期の入院でも2人の刑務官を監視につけなくてはならない。1日34ドルしか会社にもたらさない受刑者のためにそんな費用を支払うのを会社が嫌がるのは当然だ。ウィンの受刑者の40%ちかくが糖尿病や心臓病、喘息などの慢性疾患で、約6%はエイズやC型肝炎のような感染性疾患だが、満足な治療は望むべくもない。バウアーによると、受刑者の3分の1が精神的な問題をかかえていて、1割に深刻な精神症状があり、およそ4分の1はIQ70未満だという。

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囚人が刑務官を監視している


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