コスト削減で確実に利益を出し続けるため
「人間倉庫」と化したアメリカ民営刑務所の実態
【橘玲の日々刻々】

2020年8月13日公開(2020年8月13日更新)
橘玲

囚人が刑務官を監視している

 元陸軍レンジャー部隊で、以前は小さな町で警察署長をしていたという刑務官はバウアーに、「ここには殺人犯もいる。レイプ犯もいる。だが大部分は、愚かにも学校の近くで大麻を吸っちまったやつらだ。連邦の規則で25年。かと思えば、一家皆殺しにして25年から終身刑を食らったやつらが、6年から8年で出ていく」と説明した。事実、ウィンの受刑者の約5分の1が薬物関連犯だ。ただし、学校のそばで大麻所持で逮捕された場合、6年ほどの刑が一般的だという。

 その一方で多くの刑務官は、受刑者がめぐまれすぎていると考えている。刑務官同士の雑談では、「(受刑者は)どうして今すぐ家に帰らなきゃならないんだ?」「ここなら食事もタダ、ベッドもタダなのに」「ケーブルテレビもタダだし、ほしいものはなんでもタダだ。どうしてわざわざ外に出て働かなきゃいけないんだ?」などとジョークを飛ばしあう。彼らのお気に入りは「レーシック手術を受けても受刑者が払うのはたった5ドル」だ(ただし手術を受けられればの話だが)。「受刑者のほうが私たちより権利があるのよ」「生活のために働くより、犯罪をおかすほうが簡単だな」もよくある受刑者評だ。

 刑務官の仕事でもっとも神経を擦りへらすのは、受刑者に甘い顔をしてつけこまれることだ。刑務官の人員はつねに不足しているので、40人以上の囚人がいる雑居房をたった1人で管理しなければならないことがしばしばある。

 やがてバウアーは、刑務官が囚人を監視するのではなく、囚人が刑務官を監視していることに気づく。ほかにやることのない囚人たちは、刑務官を徹底的に観察し、どこかに隙を見つけたらそこにつけいって、麻薬の仲介役にしたり、セックスの相手にしようとするのだ。

 女性刑務官が美容院に行くと、「髪型が変わったね。似合うよ」と誘ってくる。結婚指輪をはずしていると、「家でなにかあったのかい?」と心配そうに声をかけられる。ある女性刑務官は、「あの受刑者は私がきれいだと思わせてくれる。好きになって当然でしょ。彼が必要としているものを誰もあげないなら、私があげて何が悪いの?」といった。

 教官は刑務官たちにこんな注意をしている。「持ち込んだ缶とかボトルとかに気をつけろ。かならず持って帰るんだ。ここから持ち出せ。さもないと、やつらがゴミ箱をあさってあんたのDNAを手に入れる。それでこう言うのさ。どうしてこのDNAがここにあると思うんだってな。あんたはゴミ箱に捨てたプラスチックスプーンを拾われたんだって説明しなきゃいけなくなる。刑務所ってところにはそういう罠が山ほどあるんだ」

 バウアーはやがて、受刑者がわざわざ目の前で規則を破って、自分の意志を削りとろうとしているという考えにとりつかれるようになる。カリフォルニアから訪ねてきた妻には、いつも落ち着かない表情をしていて、顔がときどき痙攣すると指摘された。呼吸も正常ではなく、寝ているあいだ何度も寝返りを打ってうなされているともいわれた。

 時給9ドルで民営刑務所の刑務官になって1年5カ月で、バウアーはもう限界だと感じるようになった。だがそれは、刑務官の仕事が向いていないからではない。最後の頃の日々はこう語られている。

 外はカエルとコオロギの合唱が響いていた。空気は甘くかぐわしかった。仕事から帰るといつもそうしているように、深呼吸して自分が何者かを思い出そうとした。(ソーシャルワーカーの)ミス・カーターの言ったとおりだ。この仕事が肌に合ってきている。悦びと怒りの境界が曖昧になりつつある。怒鳴ると生きている感じがする。受刑者にノーと言うことに悦びを感じている。受刑者が僕に懲罰報告書を書かれたと文句を言うのを聞いて、いい気味だと感じる。禁止されているテレビ室に洗濯物が干されていたら没収し、自分の服がもっていかれるのを見た受刑者が区画の奥から叫ぶとぞくぞくする。ロックダウンの最中、トリネコ棟で暴動を起こすぞと脅されたとき、SORTチームが来て棟全体に催涙スプレーをまくのを期待した。いまではひたすら刺激がほしかった。

『アメリカン・プリズン』でバウアーは、知られざる民営刑務所の実態だけでなく、囚人を綿花プランテーションに貸し出したり、州刑務所がプランテーションを運営して利益をあげるなど、奴隷解放後もさまざまな手段で実質的な「奴隷制度」がつづいていたことを詳細に調べている。「ブラック・ライブズ・マター(黒人の生命も大切だ)」の運動の背後にあるアメリカ社会の複雑な歴史の一端が、本書を通して見えてくるだろう。
 

 

橘 玲(たちばな あきら)

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 作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)、『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)、『もっと言ってはいけない』(新潮新書) など。最新刊は80's エイティーズ ある80年代の物語(幻冬舎文庫)。

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