創業半年で「販売の天才」が長蛇の列を実現
孤立無援のまま、勝負に出た。5色で1万メートル、シャツ5000着分の生地を発注し、仕入価格を通常の半値以下へ引き下げることに成功、“全品買取”を条件に縫製工場も手当てした。
5000着は4年分の販売量に相当する。だが、確信があった。「品質のよさが口コミで広がれば、行列ができる」。
創業当初の店舗は鎌倉の中心地から少々はずれたコンビニエンスストアの2階にあった。そのため、顧客がつくにはしばし時間がかかった。形勢が大きく変わったのは、創業から半年近くたった94年5月頃だった。民子が女性誌に送った店の写真が編集者の目にとまり、雑誌に掲載された。小さな店の前には、長蛇の列ができた。うわさを聞きつけた大手商社や百貨店の幹部も、しばしば視察に訪れた。
右肩上がりの快進撃が始まった。95年には横浜ランドマークタワーに進出し、知名度は一気に全国レベルに上がった。出店要請が相次いだ。96年には50坪(約165平方メートル)の新たな鎌倉本店がオープンした。
2人3脚で始めた店は、現在、直営が12店舗、フランチャイズは4店舗に達し、今期は、売上高17億円、経常利益2200万円を見込む。
成功して、日本だけでは満足できなくなった。「会社が存続するにはお客様が増えることに尽きる」とも思う。「世界に通用する商品開発力をつけたい。それができてはじめて国内でも勝ち残れる」。次の舞台が、目の前に広がっている。(敬称略)
(『週刊ダイヤモンド』編集部 佐藤寛久)
さだすえ・よしお/1940年生まれ。千葉工業大学卒業。ヴァンヂャケットなど、数社でアパレル関連事業に携わった後、93年11月、妻で社長の民子とともにメーカーズシャツ鎌倉を創業。




