“スキル”としての英語が大学のあり方を変える

 通信衛星を使った河合塾「サテライト講座」が立ち上げられてから四半世紀近くになる。大学でも遠隔教育システムが行われて、単位も付与された。時代は、通信衛星からインターネットへと流れ、そのインターネットの通信容量も大きくなった。一方通行でしか成立しなかった授業動画は双方向となり、ビデオ会議は当たり前となった。技術はどんどん進み、新しい状況が生まれてくる。

 今後、“スキル”は、AI(人工知能)が教える時代が来るかもしれない。“スキル”は修得の要件がはっきりとしているから、何をすればよいかの要件を定義できる。既に、早稲田大発のベンチャーが、AIによるスピーキングテストを開発している。ピアソンのスピーキングテスト「ヴァーサント」の凌駕(りょうが)を目標にしており、かなりいい線を行っている。23年春には、早大の英語の必須授業に導入される勢いにある。

 “スキル”教育は授業のアウトソーシングが可能な領域でもある。英語教育やプログラミング教育など、純粋に“スキル”であるものは、授業のアウトソーシングや資格検定の取得で単位認定が可能である。大学の授業ではそうして身に付けられた“スキル”を活用して、専門領域を学ぶことが主体となるだろう。

 こうした“スキル”として英語を見ると、これからの大学のあり方にもさまざまな“分化”が起きることが考えられる。高校までに英語を十分に学ぶと、大学で改めて教える必要がなくなる。むしろ英語で教える講座へのニーズが出てくるだろう。単に英語でのコミュニケーションを行うだけではなく、もう一段も二段も高い英語力を教員は求められる。しかし、それに耐えうる大学は果たしてどのくらいあるだろうか。

 先日もある大学でこんな話を聞いた。「従来に比べて、英語ができる学生の層が厚くなっている。これまでの(第一外国語の)英語の授業では既に到達点にあり、これ以上、教える必要がない学生が数多くなってきた。そうした学生には、これからは英語を教えるのではなく、英語で学ぶ“英語開講の講座”を受けてもらうようにしたいのだが、英語教員からの猛反発が想定される。受け持つ授業数が減れば、彼らにとっては死活問題となる。でも、学ぶ必要がないものを学生に押しつけても意味がない。このジレンマをいかに乗り切るかを問われている」。

 さらに他の大学では、「英語系学科の志願者数が毎年徐々に減ってきている。受験生が大学で英語を学ぶ必要がなくなってきているのだろう。こうした英語系学科をどのように転換していけばよいのか。転換にあたっては、新しい領域の教員を雇わなくてはならないし、いまいる教員のクビは切れない。大きなロスを抱えることになる。とはいえ、そもそもどこに転換したらよいのか」と悩んでいた。

 大学入試改革の過程で、民間英語4技能テストの導入がもくろまれたが、それに合わせて英語の上達に力を入れた高校生も少なくないだろう。最近は、幼稚園からインターナショナルスクールに通わせる保護者も増えている。英語によるコミュニケーション能力、特に「聞く」「話す」を十分に修得した高校生に、どのように対応していくのかが大学には問われている。

 APU(立命館アジア太平洋大学)のように、海外からの学生との交流を密にする方法もあるだろう。神田外語大のように「グローバル・リベラルアーツ学部」を創設し、「思考の方法」を重視して英語で学んだり、在学中に海外留学を組み込んだりする大学も出てきた。

 今後、英語の扱い方を巡って、大学のあり方が変わっていく様子が見られることだろう。大学選びで注目したい点である。