「知己(己を知る)」の客観的判断
「現状の学力」と「志望校の学力」の差がどのくらいあるのかによって、過去問題対策の進め方は変わってきます。「模擬試験は実際の入学試験とは異なるからあてにならない」「志望校の傾向対策さえ頑張れば合格できる」と考える方も中にはいらっしゃるでしょう。模擬試験と入試問題の関係は以下のようになっていると考えています。
模擬試験 | 入学試験過去問題 | |
---|---|---|
出題の仕方 |
クセがない (様々な学校の出題を考慮するため) |
学校によってクセがある (こういう生徒が欲しい!という学校からのメッセージ) |
問題の量 | ほどほどの量 | 学校によって異なる |
問題の難易度 | まんべんなく様々なレベルの問題 | 傾向が学校(学部)ごとに特徴あり |
評価 | 相対評価(母集団によって変動) | 絶対評価(合格最低点以上か否か) |
合否判断 | 不明確な場合もある(統計的な予想) | 明確⇒合否がはっきりする |
得られる情報 |
学習の抜け漏れの抽出 現在位置の客観的な判断 |
合格するために必要な課題の抽出と 優先順位の判断 |
どんな指標か |
その学校の入試過去問題に挑戦する 基礎学力があるのかどうかを判断する指標 |
その学校に 合格できるかどうかを判断する指標 |
東京個別指導学院が作成
「模擬試験は実際の入学試験とは異なるから、合格可能性判定はあてにならない」?
一般的に、模擬試験の「合格可能性○%」は、昨年の同時期に同じ偏差値だった受験生のうち、その志望校に合格した割合を示すものです。受験学年の春より前であれば、模擬試験で合格可能性判定20%未満から逆転合格する例は少なからずありますが、受験学年の秋以降の模擬試験で合格可能性判定が低ければ低いほど、過去問題対策は進めづらくなります。
下表は、2022年9月実施のベネッセ・駿台大学入学共通テスト模試における、2023年度入学試験の合格率を偏差値別に示したものです。大学入学共通テストを意識して出題されている「大学入学共通テスト模試」と慶應義塾大学法学部の入試問題では出題傾向・量・難易度ともに大きく異なるとはいえ、偏差値80以上の受験生であっても不合格者がいることがわかります。
偏差値 | 合格率 | 合格者 | 不合格者 |
---|---|---|---|
84 | 89% | 1 | 0 |
83 | 0 | 1 | |
82 | 1 | 0 | |
81 | 10 | 0 | |
80 | 4 | 1 | |
79 | 57% | 10 | 9 |
78 | 7 | 5 | |
77 | 16 | 7 | |
76 | 10 | 3 | |
75 | 5 | 12 | |
74 | 36% | 6 | 10 |
73 | 12 | 13 | |
72 | 5 | 16 | |
71 | 9 | 10 | |
70 | 6 | 20 | |
69 | 18% | 7 | 14 |
68 | 1 | 22 | |
67 | 2 | 17 | |
66 | 5 | 13 | |
65 | 3 | 14 | |
64 | 9% | 2 | 23 |
63 | 2 | 11 | |
62 | 3 | 22 | |
61 | 0 | 8 | |
60 | 0 | 10 | |
59 | 4% | 2 | 12 |
58 | 0 | 15 | |
57 | 0 | 9 | |
56 | 0 | 16 | |
55 | 0 | 1 |
2022年ベネッセ駿台大学入学共通テスト模試9月結果と2023年度入試結果データをもとに東京個別指導学院が作成
香蘭女学校中等科の2023年2月1日(4科)の首都圏模試平均偏差値帯別合格率を見ても、同じことが言えます。偏差値65以上であっても合格率は67%なのです。
平均偏差値 | 合格率 | 合格者 | 不合格者 |
---|---|---|---|
70以上 | 100% | 2 | 0 |
69 | 67% | 0 | 0 |
68 | 3 | 1 | |
67 | 3 | 1 | |
66 | 1 | 1 | |
65 | 5 | 3 | |
64 | 27% | 1 | 1 |
63 | 1 | 2 | |
62 | 0 | 2 | |
61 | 2 | 3 | |
60 | 0 | 3 | |
59 | 10% | 0 | 6 |
58 | 1 | 5 | |
57 | 1 | 3 | |
56 | 0 | 2 | |
55 | 0 | 3 | |
54 | 0% | 0 | 1 |
53 | 0 | 2 | |
52 | 0 | 2 | |
51 | 0 | 0 | |
50 | 0 | 1 | |
49以下 | 0% | 0 | 4 |
首都圏模試センター中学入試結果総覧2023年度入試データをもとに東京個別指導学院が作成
特定の学校の志望者を対象に行われる模擬試験を除き、一般的な模擬試験は、様々な志望校・学力層の受験生が解くため、出題形式は標準的なものとなり、出題内容も偏りがなく、易しい問題から難しい問題まで出題されます。一方、入学試験問題は、学校ごとに出題形式・出題内容(量や範囲)・問題難易度等が異なります。そのため、「模擬試験で合格可能性判定が80%以上だから、過去問題対策をしなくても合格できる」というわけではないのです。合格可能性80%以上の判定であったとしても、それぞれの大学や学部の入試問題には違いがあるので、それぞれの過去問題対策が必要です。
では、合格可能性判定20%未満の受験生が、「志望校の傾向対策さえ頑張れば」、その志望校に合格できるでしょうか。基本的な英単語の語彙力や英文解釈力が不足したまま慶應義塾大学文学部の英語の過去問題に取り組んだ場合、同学部は辞書2冊まで持ち込み可能なので、知らない単語を調べながら解くことはできます。しかし、問題文1行にいくつもの単語を辞書で調べているようでは、問題を解くどころではなくなり、合格は難しいでしょう。
開成中学校の算数では、「速さの問題」「図形」「数の性質」「論理・推理」が頻出です。だからといって、これらの単元・分野を集中して解けば合格点がとれるようになるかといえばそうではなく、計算力や基本的な割合や比の概念の理解が曖昧で、模擬試験で正答率50%以上の問題で失点しているようでは、過去問題対策を行うにも学力不足といえます。
現在の学力では難しすぎる問題集に取り組んでもなかなか成績が上がらないように、現在の学力では難しすぎる過去問題にいくら取り組んでも、なかなか思うような点数がとれません。模擬試験で合格可能性判定が高いほど、志望校の出題に合わせた過去問題対策は進めやすくなります。
「模擬試験の判定が低かったが合格した」という記事や体験談を目にしますが、それはレアケースだからこそ記事になるのです。過去問題対策の進め方によって、合格の可能性を上げることはできますが、多くの受験生は、上記のように模擬試験判定に近い入試結果になるのが現実です。それが多くの場合だからこそ、記事にならないのです。
まとめ
模擬試験結果は、過去問題対策の可否を判断する指標
第一志望校から解くのか、第二志望校から解くのか
複数の志望校がある中で、どの学校の過去問題から解くのがよいのか、迷う方も多いでしょう。模擬試験での合格可能性がある程度高く、志望校へのこだわりが強く、過去問題に特徴があって傾向対策が必要な場合は、第一志望校から取り組んでよいと思います。第一志望校により多くの時間をかけるべきだからです。
第一志望校と第二志望校の出題の特徴が全く異なる場合も、第一志望校から解く方が効率的に対策を進められます。これは併願校の組み合わせで意見が分かれるところでしょう。また、第一志望校との得点差を知ることにより、初めて本気で受験勉強に取り組むようになったという受験生の例は少なくありません。
一方、「志望順位の低い学校から解く」という記事もあります。一般に、志望順位の低い学校の方が受験難易度は低く、合格点がとれるまでに必要な学習課題が少ないと考えられるからです。1回の過去問題対策で合格点がとれる場合もあるでしょう。もし合格点がとれなかったとしても比較的短期間で合格点を超えることができ、自信をつけながら進められる受験生も多くいます。
また、模擬試験の受験回数が少なく、客観的にみて学力状況が不足している受験生の場合は、「安全校」に設定している学校の過去問題から解いてみることをお勧めします。それは「不知己(己を知らず)」だからです。安全校だと思い込んでいた学校の過去問題で1割もとれなかったといったケースも少なくないのです。
まとめ
第一志望校から解くか第二志望校から解くかの順番は、学力・学校へのこだわり度・出題傾向の特徴・入試までの残り期間により一人ひとり違う
何月から始めるのか
中学受験や大学受験の場合、過去問題対策は9月から本格的に始めるのが一般的だとされています。その理由は、塾や予備校の標準的なカリキュラムでは、小学6年生や高校3年生は単元学習の総復習が夏期講習終了までに終わっているからです。単元学習や総合問題演習などが早く進み、基礎がほぼ完成している場合は、夏休みや春から過去問題にとりかかってもかまいません。その方が、多くの年度や多くの学校の過去問題に取り組む時間がとれます。
一方、単元学習が終わっていない状態にもかかわらず、秋になったからと焦って過去問題に取り組んだらどうなるでしょうか。解けない問題が多いため、解説を読んだり先生の説明を聞いたりする時間が必要になり、結果的に実際に問題を解く時間が減ってしまいます。あまりにも低い得点が続けば、自信を失うだけになりかねません。
とはいえ、「過去問題に取り組むのは基礎力を完璧にしてから」という意識が強すぎると、過去問題対策をいつになっても始められません。年が明けてからのスタートとなれば、「不知彼(彼を知らず)」のまま戦に臨むことになりかねないのです。
まとめ
・「過去問題対策は秋から始める」のがよいわけではない
・一人ひとりに適した時期がある
最新年度から始めるか、古い年度から始めるか
入試問題の出題傾向や難易度が、年々大きく変わってきている学校もあります。このため前編の目的①「どんな問題が出題されるのかを知る」が主目的であれば、最新年度の問題に最初に触れておくことが重要です。
目的②「学力を上げる」や③「得点力を上げる」のが目的であれば、古い年度から最新の年度に向けて解いていく方がよいでしょう。次第に学力や得点力をつけていき、「最新の過去問題で合格点がとれる状態」にもっていければ、自信をもって入学試験に臨めます。
しかし、過去問題対策の開始時期が遅ければ、最新年度に取り組む前に入試を迎えてしまいかねません。これも、入試本番までに残された期間がどの程度あるのかや、併願校数や、その学校の志望順位によっても事情は変わってくるのではないでしょうか。
まとめ
最新年度から始めるか、古い年度から始めるかといった順番は、目的、志望順位・併願校数・残り期間により一人ひとり適した順番は異なる
何年分の過去問題を解くのか
過去何年分の問題を解くのかについては、「可能な限り多くの年数」、10年、5年、3年など様々な見解がありますが、志望校の特徴や志望順位によっても変わっていきます。いわゆる難関校とされる学校ほど出題に特徴があり、3年や5年では出題傾向がつかめない場合もあります。2023年度の麻布中学の理科で「星と星座」に関する出題がありましたが、この単元からは2014年度以来と10年近くも出題されていませんでした。中学受験でも大学受験でも、難関校を志望する場合は、多くの年度の過去問題に触れておきたいところです。
また、年によって問題の難易度に差異があることもあります。2023年度入試では開成中学校の算数の合格者平均点がほぼ9割だったという発表が話題になりました。同校は2018年度でも算数の合格者平均点が高く、合格者の合計平均得点率も上昇しています。多くの年度の問題を解いておき、どのような出題や難易度であっても動じずに合格点がとれるような対策をしておきたいところです。
2018年 | 2019年 | 2020年 | 2021年 | 2022年 | 2023年 | 6年間の平均 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|
国語 | 64.9% | 58.9% | 60.6% | 68.2% | 53.6% | 65.4% | 62% |
算数 | 86.9% | 76.0% | 58.2% | 65.6% | 71.4% | 89.9% | 75% |
理科 | 83.1% | 93.1% | 80.0% | 77.3% | 77.1% | 87.9% | 83% |
社会 | 76.9% | 74.4% | 77.6% | 71.3% | 78.0% | 82.7% | 77% |
合格者合計点平均 | 77.8% | 74.9% | 68.2% | 70.3% | 69.3% | 81.1% | 74% |
合格者最低点 | 73.2% | 70.3% | 62.3% | 64.8% | 64.2% | 76.5% | 69% |
開成中学校HP「入試状況・結果」をもとに東京個別指導学院が作成
一方、他校との併願者が多い学校は、出題の仕方が個性的すぎると併願校として選ばれなくなることもあり、標準的な出題になることが多いようです。中には、模擬試験とほとんど同じ出題の仕方(難易度は学校によって異なります)の学校もあります。そのような学校が志望校の場合は、10年分も解く必要はなく、一般的な過去問題集に掲載されている年数分で十分ではないでしょうか。制限時間内の解答で合格者平均点以上をとれているような併願校であれば、1~2年分でも構わないでしょう。
加えて、受験生自身の教科による得意・不得意、それにより何点以上得点が必要なのか、教科特性(時事問題が出題される場合や、統計資料の新しさなど)も考慮する必要もあり、一概に「何年分解けばよい」とは言い切れないのです。
まとめ
・何年分を解くのがよいかは、目的、志望順位・併願校数・残り期間により一人ひとり異なる
・志望度が高い学校は多く解いておきたい
何回繰り返し解くのか
1冊の問題集を最初から最後まで解こうとすることを「周」で表現することがあります。解き終わった問題集にもう一度最初から取り組むと「2周目」となります。何周すればいいのかという点も記事によってまちまちですが、「3周」を薦める記事が多いように思います。では、なぜ3周なのでしょうか。
1周目は、合格するために必要な「課題の洗い出し」が目的です。2周目以降に解くのは「課題が解決されたかどうかの確認」が目的です。ですから、当てずっぽうでなく、根拠をもって制限時間内に解答した結果が合格者平均点を超えていれば、無理に何周もする必要はないでしょう。もちろん、間違えた問題の見直しと復習は必要です。また、最初に解いた時に発見した課題が2周目で解決されていれば、3周目は解かなくてもよいでしょう。
3周も解けば制限時間内の解答の得点が合格者平均点を超えてくる受験生が多いようですが、そうならない場合は「3周やったから終了」というわけにはいきません。ですが、すぐ4周目に行けばよいというわけでもありません。「点検」が必要です。適切な解き直しや復習ができているのか、そもそも志望校が求める基礎学力があるのか、しっかり見直したいものです。
まとめ
何周反復するのかは、「根拠をもって時間内に正答が出せているか」で見極める
本番までの残り期間から逆算した対策の強弱
入学試験までの残り期間は限りがありますので、過去問題対策にかけられる時間も限られてきます。仮に、中学受験で4教科各50分、5校受験、第一志望校10年分、第二志望校5年分、第3~5志望校3年分を各3周解くとしたら、毎日2時間過去問題を解いたとしても120日もかかります。まるまる4カ月間が必要になるのです。
過去問題を解いた後には、誤答の見直しや関連問題の演習、抜けもれのあった知識事項の覚え直しなども行いますから、さらに多くの時間が必要となります。入学試験までの可処分時間を考慮すると、校数・年数・回数・教科等の強弱をつけなければならない受験生が大半でしょう。入学試験までの残り期間がどの程度なのかによって、記事の内容が変わってくるのも当然だと思います。
まとめ
・過去問題対策には時間がかかる
・だからこそ、目的や状況により優先順位は一人ひとり異なる
過去問題対策は「彼」と「己」と「残り期間」のかけあわせ
ここまで見てきた通り、適切な過去問題対策の進め方は、受験生一人ひとりによって異なります。志望順位、その志望校へのこだわり度、受験校数(これらは「彼」にあたります)、現在の成績、性格(これらは「己」に該当します)、残り期間等によって変わるのです。さらに、教科により得意・不得意の差が大きい受験生は、各教科の目標点が変わってきますから、全教科同じ進め方で過去問題を解けばよいわけでもありません。
記事によって過去問題対策の進め方が違うのは、どんな時期でどんな状態の受験生を念頭に置いて書かれているかによって適した対策が異なるからです。書かれているのはある一人の受験生への対策であって、すべての受験生に合ったものではないことを知ってお読みいただければと思います。
まとめ
最善な過去問題対策の進め方は、受験生一人ひとり異なる
おわりに
自分に適した過去問題対策を見つけたい場合は、学校や塾の面談で個別に相談することをお勧めしています。そのような一人ひとりに対応した質問に答えてくれる相談先を確保しておくことは、保護者ができる受験生サポートのひとつです。
相談する際のポイントは、以下の2点です。
❶事前に予告しておく
個人面談でいきなり「自分に適した過去問題対策の進め方を教えてほしい」と相談しても、即答は難しいものです。その先生の担当していない教科では一般的な回答になってしまう場合もあるでしょう。
❷客観的なデータを渡しておく
現在の成績、志望校の資料、過去問題の取り組み状況(どの学校の何年の問題を、何回解いているか、各教科の得点結果など)がわかる資料を事前に提出しておくと、他教科の先生の見解や全教科のバランスをふまえた具体的な回答が得られます。
一人で悩まず、経験と知識の豊富な学校や塾に相談して、自分に最適化した過去問題対策を行いましょう。