世界(OECD)の教育の動き

 OECD(経済協力開発機構)は「Education2030プロジェクト」で、生徒が2030年以降も活躍するために必要なコンピテンシーを提示しています。「The OECD Learning Framework 2030」で示された図の中核に位置するのが「生徒エージェンシー」(Student Agency)です。複雑で不確かな世界を歩んでいく力を持つために、生徒が自分の学習を自律的に進める能力が強調されています。

OECDにおけるAgencyに関する議論について
出典: 文部科学省ホームページ「OECDにおけるAgencyに関する議論について」 初等中等教育局 教育課程課 教育課程企画室長 白井 俊氏(当時) 「OECDラーニングフレームワーク2030」に加筆したもの

「生徒エージェンシー」とは、自分の人生や周りの世界に対してポジティブな変革を起こしたいと考えたとき、働きかけられるというよりも自らが働きかけることであり、型にはめ込まれるというよりも自ら型を作ること、また他人の判断や選択に左右されるというよりも責任を持った判断や選択を行うことを指しています(「OECD Future of Education and Skills 2030」より)。

 エージェンシーの考えでは、何を学ぶのか、どのように学ぶのかについても自分自身が決定し、積極的かつ責任感を持って、社会や周囲の人々、事象に関わることが求められているのです。

「The OECD Learning Framework 2030」に続いてOECDは、2019年に「OECD ラーニング・コンパス(学びの羅針盤)2030」を公表しました。ラーニング・コンパスは、「2030年以降も活躍するために必要なコンピテンシーの種類に関する幅広いビジョン」と言えるものです。

OECD ラーニング・コンパス(学びの羅針盤)2030
出典: 文部科学省ホームページ「OECD ラーニング・コンパス(学びの羅針盤)2030」

 これを見ると、知識、スキル、態度、価値から構成されるコンピテンシーに加え、変革を起こす力のあるコンピテンシーも考慮されています。これらの力を「見通し:Anticipation、行動:Action、振り返り:Reflection」(AAR)という、連続した学習サイクルを通じて身につけることが重視されています。

AARとは

Anticipation:見通しを持って目標を設定する
Action:アクションを起こす
Reflection:振り返る

 予測困難で先行き不透明な激動の時代(VUCAの時代)、子どもたちには答えのない課題に立ち向かう力が必要とされています。答えがない課題に立ち向かうには、まずは見通しを立て、試行錯誤しながら、目標に向かって柔軟に修正・改善を繰り返すことが重要です。このようなAARサイクルの思考や体験を繰り返すことで、これからの時代に求められる資質・能力、自分の学びをコントロールする自己調整力を高めることができます。 

 前編で紹介した横浜創英が進める教育改革は、OECDが重視している力と同じ方向性と言えます。しかもそれを、同校は国内でいち早く実現しようとしているように思います。

日本の動き~「個別最適な学び」と「協働的な学び」

 このようなOECDの方向性を意識して、中央教育審議会は「教育課程部会における審議のまとめ*²」と、「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す、個別最適な学びと、協働的な学びの実現~(答申)*³」を取りまとめました。そこでは、学習指導要領において示された資質・能力(知識・技能、思考力・判断力・表現力、主体的に学習に取り組む態度)の育成を着実に進めることが重要であり、そのためには「個別最適な学び」と、「協働的な学び」の一体的な充実が必要だと記しています。

*² 令和3年1月25日、中央教育審議会 初等中等教育分科会 教育課程部会「教育課程部会における審議のまとめ
*³ 令和3年1月26日、中央教育審議会「令和の日本型学校教育』の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す、個別最適な学びと、協働的な学びの実現~(答申)

 このうち「個別最適な学び」では、「指導の個別化」と「学習の個別化」の両方が必要とされています。指導の個別化とは、すべての子どもがその子どもに合った方法で、その子どもに合った目標を達成できるように指導を行うということです。学習の個別化とは、すべての子どもが自分の興味関心に合った学習を行ったり、自分に合ったアウトプットの方法で表現したりすることです。

「指導の個別化」と「学習の個別化」※『令和の日本型学校教育』の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す、個別最適な学びと、協働的な学びの実現~(答申)』をもとに東京個別指導学院が作成

 今年度に入ってから数十校に足を運び、先生に話を聞いたり授業見学をしたりしてきましたが、指導の個別化のみ、学習の個性化のみに力を入れている学校があったり、ICT教材を使用することが目標になっているように思える学校があったりと、協働的な学びと個別最適な学びがバラバラに進められていると感じられる学校も少なくありません。そのような中で横浜創英は、2020年代を通じて実現すべき「令和の日本型学校教育」の姿で示されている個別最適な学びと協働的な学びをいち早く実現している学校のひとつと思えます。

今の高校生の半数は107歳まで生きる時代

 2013年に発表された、英国オックスフォード大学のカール・ベネディクト・フレイ博士、マイケル・オズボーン准教授による論文では、アメリカの雇用全体の約47%が今後10〜20年の間に、機械学習などの技術進化やロボティクス技術によって自動化されるリスクが高い、と結論づけています。そこで当時話題になったのは、「将来消える職業と消えない職業」は何かということでした。わが子には「なくなる仕事」ではなく「なくならない仕事」に就いてほしいという思いからでしょう。

 今、この論文の発表から10年以上が経過しました。確かにAIなどの技術の進歩は目覚ましいものがあります。2013年発表の研究結果はあくまで当時のものであり、ChatGPTに代表される技術発展や社会情勢の変化は急速で、当時の予想と異なる結果をマイケル・オズボーン氏も否定していません。いま現在「将来なくならない」と考えられる職業も、必ずしもそうではなくなる可能性があるのです。

 一方で、「将来なくなる仕事・なくならない仕事」という枠組みではなく、将来も必要とされる力、例えば「仕事のやり方」「人との関わり方」「専門知識・専門技術を取りに行く力」を身につけさせることが大切だと考える方もいらっしゃるでしょう。

 英国の学者リンダ・グラットン氏らの著書では、「2007年に日本で生まれた子どもは107歳まで生きる確率が50%ある」と書かれていました。2007年生まれの子どもというのは、2024年では16~17歳の高校生です。予測通り、彼らの半数が100歳以上の人生を送るとすると、今ある学びだけで一生幸せに生きていけるかについては疑問です。知識やスキルを与えられるのを待つのではなく、変化する時代に合わせて必要な力を自ら取りにいき、得ていく力を育てる必要があると思います。

中学入試に見る横浜創英が入学してほしい生徒像

 横浜創英中学校の2024年度入試「グループワーク試験」では、日本財団の「18歳意識調査」「第20回―社会や国に対する意識調査―」の中から「自身について」の資料を提示し、「日本の若者がこのような状況に陥った原因を分析し、改善のためにあなたたちができることを発表しなさい」というものでした。横浜創英が重視している「当事者意識を持って、情報を読み取り、社会課題を考え、根拠を持って他者に伝える」力を問う直球の問題で、同校がどんな生徒に入学してほしいのかメッセージが伝わる問題でした。

 また「プレゼンテーション入試」は、これまで継続して自主的に取り組んだことや好きなことで、自分の自信につながっていること、入学後にそれをどのように活かしていくかをプレゼンする入試でした。自分の好きなこと、やりたいことは何なのかを見つめ、なぜこの学校に入って、その後どうしていきたいのかを、思いを込めて他人にわかりやすく伝える力を見る入試です。「さかなクン(日本の魚類学者、タレント、イラストレーター)」のような子に入学してほしい」と横浜創英の先生は話していました。

学校説明会でも表れる横浜創英の教育方針

 今回のコラム執筆にあたり、横浜創英の学校説明会に出席してみました。司会は中学1年生と2年生。参加者の誘導、学校見学や質問の応対も有志の生徒たちが行っています。先生方は見守っていますが、心配そうに見ているというより、生徒を信頼して「任せている」という印象を受けました。

 本間朋弘校長は「入学式も運動会も生徒が運営している」と話します。生徒自身の主体性を育てながら、学びや学校運営を生徒主体に委譲している一端がうかがえます。自分が通う学校の良さを小学生やその保護者に伝える経験や、自分が探究している内容を発表する経験には、学校外の人々との接点を増やし、社会とつながることを目標としている同校の教育方針が見て取れます。

 また、校長や副校長のパートでは、出席している小学生に問いかける場面もありました。エンパシー(Empathy:自分とは異なる価値観や考え方を持つ他人に自己を投影し、相手が何を考えているのか、どう感じているのかを想像する力)に関する事例を挙げて、小学生に1分間考えさせ、考えたことを自分の保護者に話すというものです。

 同校の建学の精神「『考えて行動できる人』の育成」にあるように、「自分で考えて判断して、表現してごらんなさい」というメッセージが込められているように感じました。

良い学校とは、人それぞれ

 2024年の春、横浜創英よりも難関大学への合格数が多い学校や、中学受験偏差値がより高い学校は山ほどあります。本間朋弘校長と山本崇雄副校長は、ともに神奈川県や東京都の公立進学校で教壇に立たれていた先生ですので、もし大学合格実績を上げることを「最上位目標」とすれば、実現できそうな方々です。

 しかし、「子どもの価値を偏差値で決めていく日本の受験制度は、まあそう長くはもたないだろう。正解のない時代だからこそ自分は何が強みなのか、何を実践したいのか、そして社会にどう貢献していくのか。そのことを発見できる教育環境を作り、日本の教育を変えるモデルになれないか」との思いで学校改革を行っているそうです。「社会が変わらなければ学校は変わらないと大人は言いますが、学校を変えることで社会を変えていきたい」と本間校長は語っていました。

 2024年6月の学校説明会は受付開始後、数日で満席になったそうです。参加者は熱心に聞き入っており、横浜創英への関心の高さがうかがえます。自分でやりたいことを見つけて、自分で考え、目標に向かって挑戦したいような子どもにとっては、非常に楽しく魅力的な学校であることは間違いありません。一方で、先生に言われた通りに覚えて、与えられた宿題をこなすといった学習に慣れてしまっている子どもにとっては、大変居心地が悪い学校のようにも思います。

 保護者の考え方はさまざまです。子どもが試行錯誤をしながら学ぶのは、大学受験勉強においては効率が悪いと考える保護者もいるでしょう。状況を把握し、見通しを立てて、必要な行動を起こし、振り返るようなことは、今のわが子にはできそうにないと考える保護者もいるでしょう。確かに将来必要なスキルではあるが、有名大学の合格につながるかはわからないと考える保護者もいるでしょう。

「良い学校」選びに正解はひとつではありませんし、「良い学校」というのも、それぞれの子どもによって異なります。だからこそ中学受験では、子ども本人が通いたい学校であると同時に、保護者が通わせたいと思える学校を選ぶことが大切です。