《1》パンドラの箱を開けた?東洋大

 2024年12月1日に東洋大が学校推薦型選抜「基礎学力テスト型」を実施したことを契機に、大学入試のあり方に関する問題が注目を集めました。

 東洋大が実施した「基礎学力テスト型」試験は、高等学校長の推薦書と調査書を提出し、英語と国語または英語と数学の2教科基礎学力テストによるものでした。他大学や学内の併願も可能で、英語資格検定の利用も可能であったことから、延べ1万9,610人が志願し*¹、大きな反響を呼びました。また、大東文化大も同年11月24日に学校推薦型選抜「公募制 基礎学力テスト型」を東洋大同様に実施しました。

*¹ 東洋大学入試プレス発表会資料「2025年度入試結果報告と2026年度以降の入学者選抜について」

 これに対し、大学入試の早期化に懸念を抱く高校団体から反対の声が寄せられ、報道によると文部科学省は両大学を呼び、「令和7年度大学入学者選抜実施要項」(以下「要項」)の順守を求める指導を行いました。それだけではなく、同年12月24日に「大学入学者選抜実施要項において定める試験期日等の順守について(依頼)」*²を各国公私立大学長に出しました。

*² 文部科学省高等教育局長「大学入学者選抜実施要項において定める試験期日等の順守について(依頼)

「依頼」では「試験期日に関し、一般選抜のみならず総合型選抜や学校推薦型選抜においても、個別学力検査(各教科・科目に係るテスト)の試験期日は令和7年2月1日から3月25日までの間に行うものと実施要項で定めているにもかかわらず、この期日以前に個別学力検査(各教科・科目に係るテスト)を行っている選抜が散見される」と指摘し、ルールの順守を求めたものでした。

 この問題は、大学入試で従来(事実上)黙認されてきた諸問題に飛び火する結果となったのです。

《2》「年内学力型入試」はすでに関西圏では定着した制度

 関西圏では「年内学力型入試」は主に併願可能な学校推薦型選抜(公募制)として、随分前から行われてきました。産近甲龍(京都産業大・近畿大・甲南大・龍谷大)の年内学力型入試の延べ受験者数は10万人を超え、一昨年より1万8,910人増加しています。

 甲南大は2023年度まで「公募制推薦入学試験【教科科目型】」において二次試験で面接を課していましたが、2024年度は面接実施学部を絞り込み、2025年度は全学部で廃止しました。全学部で面接を実施していた2023年度入試よりも、受験者数は2倍以上に増えています。

 京都産業大の「年内学力型入試」受験者数が2025年度入試で倍増したのは、高校の評定等も点数化して学科試験と組み合わせて選抜する「総合評価型」と、学科試験のみで選抜する「基礎評価型」を一日で併願できるように制度変更したことが影響していると考えられます。これらの事実は、2科の基礎学力だけで年内(早期)に合格したい受験生が多く、むしろ増加している現状を示しているといえます。

 このように、これまで関西圏の「年内学力型入試」は文科省から事実上黙認されてきました。その理由の一つが「要項」の表記に曖昧さがあったことです。

《3》「年内学力型入試」は「個別学力検査」なのか?~「要項」の曖昧さ

 確かに、高校や大学の各団体と文部科学省が協議のうえ定めた「要項」では、大学が行う「個別学力検査」は2月1日から3月25日までに実施するとされています。そのため、文部科学省は「個別学力検査」は「各教科・科目に係るテスト」であるとし、東洋大の実施した「基礎学力テスト型」試験は「個別学力検査」にあたるので、「ルール違反だ」という指摘をしました。

 しかし、「要項」では以下のように、総合型選抜や学校推薦型選抜で「各教科・科目に係るテスト」も活用してよいと受け取れる表記があったのです。

大学教育を受けるために必要な知識・技能、思考力・判断力・表現力等も適切に評価するため、調査書等の出願書類だけではなく、第6の1から4に掲げる大学入学共通テスト又はその他の評価方法等のうち少なくともいずれか一つを必ず活用し、その旨を募集要項に記述する。例えば、小論文等、プレゼンテーション、口頭試問、実技、各教科・科目に係るテスト、資格・検定試験の成績等。

(「令和7年度大学入学者選抜実施要項」より)

 上記では、わざわざ「各教科・科目に係るテスト」と表記され、「個別学力検査」とは表記されていません。「各教科・科目に係るテスト」=「個別学力検査」ならば、「個別学力検査」と記せばよかったのではないかと思います。

 実際、国立大学協会、日本私立大学連盟、日本私立大学協会、日本私立中学高等学校連合会などからは、

  • 「個別学力検査」と「各教科・科目に係るテスト」の違いが明確でない、あたかも同義語のように扱われている
    定義が曖昧
  • 「個別学力検査」「各教科・科目に係るテスト」「総合型選抜及び学校推薦型選抜において実施する場合の学力検査」など表記がゆれている
  • その他の評価等の「等」の指すものが不明確
  • 「個別学力検査」や「各教科・科目に係るテスト」等の定義が曖昧であることが大学による解釈の幅を広げ、一般選抜・総合型選抜・学校推薦型選抜等の境界を不明瞭なものとしている

などの指摘がなされました。*³

*³ 大学入学者選抜協議会「大学入学者選抜における個別学力検査の試験期日等について(各団体からの意見)」より

 また、年内実施の学校推薦型選抜・総合型選抜において「小論文」「筆記試験」という名称で、数学や物理の「個別学力検査」に類した(私見ですが、かなり難易度の高い)問題を出題している受験難易度の高い国立大学もあります。これらが「個別学力検査」ではないというのは、一般的な感覚では違和感があります。このように、ルール自体にさまざまな解釈の余地があったのです。

 現状を改善するために、2025年3月13日に大学団体から「実施要項を順守した入学者選抜の実施を徹底する」「総合型選抜は調査書、学校推薦型選抜は調査書および推薦書に加え2種類以上の評価方法(小論文、面接、実技検査等)を適切に組み合わせて丁寧に選抜を行うこととし、その評価方法の一つとして、教科科目に係る基本的な知識を問うテストで基礎学力を把握することも認めていただきたい」*⁴との提案がなされました。

 高校関係団体からも大きな反対がなかったことから、総合型選抜や学校推薦型選抜の多面的な評価のうちの一つの方法として、教科科目に係る基本的な知識を問うテスト(年内学力テスト)の実施も可とする方向で検討が進みました。

*⁴ 「大学入学者選抜協議会(第17回)議事録」より

 国公私立大学の代表者より要項を順守する表明がなされ、その前提のもとで2025年6月3日に、「令和8年度大学入学者選抜実施要項」がついに発表されました。

 令和8年度の「要項」では、令和8年2月1日よりも前に「教科・科目に係る個別テスト」を実施する場合には、調査書等の出願書類に加え、「小論文・面接・実技検査等の活用」または「志願者本人が記載する資料や、高等学校に記載を求める資料等」と必ず組み合わせて、丁寧に評価しなければならない点が明記され、ルール化されました。

【図1】学校推薦型選抜・総合型選抜で「教科・科目に係る個別テスト」を実施する場合の条件

【図1】学校推薦型選抜・総合型選抜で「教科・科目に係る個別テスト」を実施する場合の条件
※文部科学省「令和8年度大学入学者選抜実施要項」をもとに東京個別指導学院が作成

 また《3》で例示したような教科学力試験のように見える「小論文」については、「令和8年2月1日以前に行う際、専ら教科・科目に係る知識等を問うこと(例えば、教科・科目に係る知識を問う問題を小論文等の形式で行うこと)にならないように留意しなければならない」と明記され、曖昧さが解消されました。

《4》一般選抜日程のフライング問題

「個別学力検査」日程の順守問題は学校推薦型選抜や総合型選抜のような、いわゆる「年内入試」だけではありませんでした。令和7年度の「要項」では、大学が行う「個別学力検査」は2月1日から3月25日までに実施するとされていますが、令和5年度文部科学省委託調査「大学入学者選抜の実態の把握及び分析等に関する調査研究」の調査報告書でも報告されている通り、一般選抜(個別選抜)を1月に実施している大学は少なくありません。

 2025年度一般選抜において、首都圏(1都3県)では帝京大、武蔵野大、工学院大など70大学以上、近畿圏でも京阪神だけで産近甲龍を含む70以上の大学で1月に一般選抜を実施しましたが、年々その数は増加し、5年前の約1.58倍にもなっています。

【図2】1月中に入試選抜初日を設けている入試方式数(全国)

1月中に入試選抜初日を設けている入試方式数(全国)
※ベネッセコーポレーション各年の「入試カレンダー(12月)」をもとに東京個別指導学院が作成。同じ大学でも学部や入試方式が異なればそれぞれ1回と数えている。

 特に関西圏では関西大、関西学院大、立命館大が2月1日から連日のように一般選抜を開始するため、いわゆる「関関同立」よりも受験難易度の低い大学は1月から一般選抜を開始する傾向がありました。このような「1月入試」は、文部科学省から2024年12月24日に出された、試験期日の順守についての依頼内容を反映していないことは明らかでした。

高校卒業見込み者数・大学進学率・募集大学数の推移
※高校卒業見込み者数・大学進学率は「学校基本調査」、募集大学数は「入学者選抜実施状況」をもとに東京個別指導学院が作成

 現在は少子化が進んでいますが、大学数は増加傾向にあり、大学進学率が上昇し、大学のユニバーサル化も進んでいます。また、私立大の多くが一般選抜で複数日の日程を設けたり、選抜に使用する教科・科目や配点が異なる入試を設けたりすることで、1大学当たりの入試回数は増加傾向にあります。【表4】は関西学院大社会学部一般入試日程と方式ですが、2021年度から2025年度の間だけでも、入試日数や入試方式(判定)数は3日間3方式から5日間7方式へと増加しています。

 このように入試総回数が増えている中で、令和8年度「要項」でも一般選抜の試験日は2月1日から3月25日までと、1月には一般選抜を行ってはいけないというルールが明記されたのです。

【表4】関西学院大の一般入試の変化

関西学院大の一般入試の変化
※関西学院大「入試ガイド2021」「2025年度一般選抜入学試験要項」をもとに東京個別指導学院が作成

 従来は1月に一般選抜を実施していた大学が、「要項」を順守して2月に入試日を移動すると、従来から2月入試を実施していた大学と入試日の重複が生じ、受験生にとっては受験校選択の幅が狭まってしまう可能性があります。

 また、従来は1月に一般選抜を実施していた大学が「要項」を順守して、2月に入試を実施できるように試験会場を確保できるかどうかも気になるところです。近年は大規模大学を中心に、地方都市で「学外入試」が行われています。同一日に各地方の試験会場を確保することは容易ではありません。大学側が今後どのように対応するのか注目されます。

《5》もう一つのフライング:年内「奨学生入試」の名のもとに一般選抜免除合格を出す大学

《4》のような1月入試のほかに、例えば首都圏の神奈川大は年内に併願可能な給費生試験(奨学特待生選抜)を学科試験+調査書のみ(志望理由書も面接もなし)で実施していました*⁵。2025年度から帝京大も新規導入しました*⁵。

*⁵ 各大学の「2025年度入試要項」より

 これらの大学は、奨学生の合格基準に達しなかった受験生にも「一般選抜免除合格」という事実上の「一般合格」を出しています。例えば、神奈川大の2025年度給費生試験*⁶では8,962人が受験し、給費生合格者296人に加えて、一般入試免除合格者を3,430人出しています。

*⁶ 神奈川大HP「昨年度の入試結果[2025年度]」より

 神奈川大の「給費生試験」は3科の学力試験で合否を決めます。問題は年明けの一般選抜の入試問題と同水準で出題されます。それゆえ、一定の成績を収めた受験生に一般選抜免除合格を出せるのでしょうが、実施時期が年内です。「給費生試験」を一般選抜と分類すると、2月1日以前に入試実施という「要項」のルールに抵触します。

「教科・科目に係る個別テスト」を「給費生試験」として2月1日より前に実施する場合は、「教科・科目に係る個別テスト」のみでの選抜は「要項」に反することになります。

《6》大学受験環境の変化

 18歳人口が減少する中で、大学の募集定員は増加しています。2024年度入試では国公私立大学の募集人員合計よりも入学者計が下回るという、「大学全入時代」が始まりました。2024年度の私立大学の59.2%は入学定員割れをしています。

 一部を除き、大学側では「早期に入学者を確保したい」「年明け入試では入学者を集められない」という思いから、「年内入試」による入学者確保の動きが盛んです。受験生・保護者にとっても「早く確実に大学に合格したい」という思いがあります。

 少子化の影響が大学より3年早く訪れる高校側でも、有名大学への合格実績や大学進学率を上げて、自校のブランドを高めたいのは当然です。進学校は「年内入試」で合格校を確保して、年明けの一般選抜で本命大に挑戦、また中堅~進路多様校では指定校推薦や併願可能な学校推薦型選抜・総合型選抜を利用した「年内入試」志望者の増加傾向が見られます。一部を除けば、大学、受験生・保護者、高校のそれぞれにメリットがある「年内入試」はさらに増加していくと思います。

《7》受験生・保護者が留意したい点~2026年度入試は情報戦

「令和8年度大学入学者選抜実施要項」は先述の通り2025年6月3日公表されましたが、入試のルールといもいえる「要項」発表前に、新しい「年内入試」をすでに発表している大学も出てきています。例えば神奈川大、玉川大、拓殖大、昭和女子大、東洋英和女学院大、白百合女子大などが年内学力検査+αの入試を2026年度から新規導入することを発表しています*⁷。

*⁷ 各大学のHPより

 これらの大学の入試内容や日程を調べてみると、「要項」が求める条件に適合していない大学もあります。また、春のオープンキャンパス等で2026年度入試概要をすでに発表した大学がありますが、「要項」の発表を受けて一部変更する可能性があると表明している大学もあります。

 複数の大学関係者の話では、文部科学省も各大学の発表には敏感になっているということです。文部科学省の照会等により、現在すでに発表されている入試内容から追加・変更する大学が出てくる可能性があります。例えば「小論文」が加わったり「学修計画書の提出」を追加したりして、「多面的な評価」が求められるといった変更はあり得ます。いったん「実施予定」として発表された入試が、新たな試験項目や会場手配の都合で取りやめになる可能性(最悪の場合)もあるのです。

 現に「年内学力型」試験で最も受験生数の多い近畿大は、7月2日に当初発表していた選抜方法からの変更を発表しました。

 各大学は、「教科・科目に係る個別テスト」の実施教科・科目、評価方法、その他入学者選抜に関する基本的な事項について選抜区分ごとに決定し、7月31日までに発表することになっています。よって、7月末日までは変更の可能性があります。変更を知らないまま出願時期を迎えると、準備不足によって入試が不利になりかねません。2026年度入試は、いかに早く正しい情報をキャッチできるかの情報戦でもあります。

 変更がある場合は各大学のHPで逐次発表されますので、志望する大学のHPはこまめにチェックしておくとよいでしょう。

 先行き不透明だからこそ、大学進学に向けて自分は大学で何を学び、将来どう活かしていくのかを考え、それを実現できるのはどのような大学かを調べ、大学で学ぶうえで必要な学力をつける努力をしておくことが大切です。それが、入試変更に対応できる最善の方策だといえます。

 これらをすでに行っている受験生もいるでしょう。今まで進路について深く考えていなかったり、学習が不十分だったりした受験生も、今日から取り組んでみてはいかがでしょうか。受験は危機感を持って早く動き出した受験生ほど有利なのです。何から始めたらよいのかわからない受験生や保護者は、信頼できる学校の先生や塾の先生に相談してみることをお勧めします。