「私の履歴書」登場は
“常識的には”1年早かった

 11月14日掲載までの黒田履歴書では、時代がバブル崩壊の頃で、黒田氏は旧大蔵省主税局の国際租税課長まで進んでいるが、日銀総裁になるまでには、もうしばらく時間を進めなければならない。

 ただ、ここまでの黒田履歴書を読んで、「常識的には」黒田氏が「私の履歴書」に登場するのは1年早過ぎたのかもしれないと思った箇所があった。

 英国留学のことを書いた第7回のコラムにあるオックスフォード大学でのジョン・ヒックス名誉教授のゼミに関する記述だ。少し長いが引用する。

《英中央銀行、イングランド銀行理事の金融政策に関する説明を受けた日。議論のあと、ヒックス氏が「イングランド銀が公定歩合をわずか0.5%引き上げただけで、景気過熱が止まり、物価上昇に抑制的に働く。そこには『必要があればいくらでも金利を上げる』という中央銀行の決意が示されているからだろう」と語った》

《金融政策でのコミットメント(約束)の重要性を述べた指摘は、半世紀後にはからずも日銀総裁となった私にとって、これほど有益なものになるとは思いもしなかった》

 黒田氏は、この文章で、中央銀行にとってコミットメント(約束)が重要であると述べている。

 この指摘は、後任の植田和男総裁が率いる現在の日銀の政策に対して影響を持つメッセージだといえるのではないか。

 例えば、黒田総裁時代に、インフレ目標の2%が達成されても、その後もしばらく金融緩和状態を継続するという、「オーバーシュートのコミットメント」と呼ばれる方針の発表があったが、このコミットメントを大切にするべきだとの意見として読むことができる。

 一般論として、中央銀行のコミットメントは重要だ。また、特に植田現総裁は、かつて「時間軸効果」を考案したように、コミットメントの重要性を特に強く認識している人だと推測できる。

 しかし、仮にもろもろの情勢を考慮したときに、このコミットメントにこだわらずに金融引き締めに転ずることが必要なのではないかと悩む局面が出てくるかもしれない。前任者が、こうした可能性に対して影響を与えるかもしれない意見を、留学時のエピソードを通じてでも表明するのは、いかがなものだろうか。黒田前総裁の政策を引き継いで運営されている現在の日銀に対して、今回の履歴書は「常識的に、1年は早かったのでないか」。