ちっぽけな大人の常識を捨てて
積極的に議論するなら「話は違う」

 現在、早く金融引き締めに移るべきで、特にマイナス金利政策を早く止めるべきだと主張するエコノミストは少なくない。こうした、いわば外野が騒々しい環境にあって、コミットメントを重視し、おそらく国民がインフレ慣れするまで時間を稼ぎたい植田総裁を、黒田氏は援護射撃したいと思っているのだろうか。

 しかし、「私の履歴書」のような書き物にあっては、例えば前任の社長が、後任社長のやり方に注文を付けるような生々しいメッセージは控えるのが「常識」であり、節度というものだ。日銀総裁についても、同様に考える人はいるだろう。

 しかし、ことは日本国民に大きく影響を与える金融政策の問題だ。黒田前総裁が、ちっぽけな大人の常識を捨てて、「前任者」などということにはこだわらずに、オープンで闊達(かったつ)な議論をすることが望ましいと考えるなら、「私の履歴書」という注目度の高い場を利用するのは悪いことではない。大いにやればいい。

 そうなると、黒田履歴書の後半が俄然楽しみになる。

「2年で、2倍、2%」といった異次元金融緩和を公表した際のプレゼンの意図と成否の評価、後年の「必要があれば躊躇(ちゅうちょ)なく追加の緩和を行う」(2%未達なので「必要」はあったはずだ)という判で押したようなコメントを出す時の気分、それに何といっても総裁在任期間に実施された消費税率の引き上げについてどう考えていたのか、などについて黒田氏は率直な意見をどんどん発信してほしい。

 また、履歴書を書きっぱなしで終わるのではなく、各種のメディアを通じて侃々諤々(かんかんがくがく)の議論に参加してほしい。これは、黒田氏以外の過去の日銀関係者にも期待したいことだ。

 金融政策は、日銀だけに任せて決めたらいい問題ではない。黒田氏が、現在の日銀を取り巻く不必要な恭しさを快活に蹴っ飛ばして、風通しのいい議論の枠組みを作ってくれるなら、何とも素晴らしいことだ。

 黒田履歴書の後半が楽しみでならない。