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黒い職場の事件簿~タテマエばかりの人外魔境で生き残れるか? 吉田典史

職場いじめの復讐に燃える中年ストーカーの執念(下)

吉田典史 [ジャーナリスト]
【第4回】 2015年2月24日
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>>「職場いじめの復讐に燃える中年ストーカーの執念」(上)から続きます。

「非管理職のままもう52だよ。ジジイだよ」
復讐を誓うフリーのストーカー作家

 内村はプロパー社員の、特に20代の女性社員からは人気があった。キリスト教の教えを職場で真剣に説く姿には、キャリアの浅い無邪気な女性たちの心をつかむものがあったようだ。小堺は、内村にひと泡を吹かせてやりたいという思いを秘めるようになった。

 「宗教を持ち出して、善人ぶる。だけど、俺のことをいじめ抜く。常に自分がスポットライトを浴びて、注目を浴びていたいと願っている。ホンネとタテマエを使い分け、ずる賢く生きている」

 小堺の目には、内村が「プロパー社員のリーダー格として、よりよき職場をつくるために親会社からの出向組と闘っている」という姿を演じているように映った。「それは、タテマエでしかない。あいつのホンネは、自分中心の体制を守りたい。自分よりも上に上がる奴は認めない、ということにある」と憤る。

 小堺は、内村が放送局からの出向組に劣等感を持っていることなどが、狙い目だと考えた。出向組の40代の社員たちに機会あるごとに近づこうとしたが、上手くはいかない。この40代の社員たちは、プロパー社員の間のいじめに関心がないようだった。喫茶店で話し合うとき、わずかにつぶやくほどだった。

 「あんな奴がいつまでも仕切っていると、20~30代は育たないだろうな」「なぜ、俺たちと同世代でありながら、あそこまで仕事ができないのかね」

 出向組にとっては、やはり大きな問題ではないのだ。小堺は、この頃から会社を辞めようと思い始めた。入社から3年目の頃だった。内村の下に10~20年仕えることは、到底できないと考えた。番組の台本を書くことに特化し、放送作家として生きていこうとした。

 6年前に会社を離れ、フリーとなった。今は、数本の番組の仕事を請け負う。収入は、会社を離れた頃の年収にようやく追いついた。

 今の楽しみは、フェイスブックを毎日見ることだ。自称「ストーカー作家」にとって、それはもはや「仕事」となっている。もちろん内村の書き込みである。当然「友達」ではない。

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吉田典史 [ジャーナリスト]

1967年、岐阜県大垣市生まれ。2006 年からフリー。主に人事・労務分野で取材・執筆・編集を続ける。著書に『あの日、負け組社員になった・・・』『震災死 生き証人たちの真実の告白』(共にダイヤモンド社)や、『封印された震災死』(世界文化社)など。ウェブサイトでは、ダイヤモンド社や日経BP社、プレジデント社、小学館などで執筆。


黒い職場の事件簿~タテマエばかりの人外魔境で生き残れるか? 吉田典史

 ここ10数年の間に社会環境が大きく変わり、人々のホンネとタテマエに対する価値観が揺らぎ始めている。それを具現化しているのが、今の企業の職場ではないだろうか。これまでは、ホンネとタテマエが絶妙にバランスしながら、人間関係が維持されてきた。しかし、企業社会において生き残り競争が激化し、「他人より自分」と考えるビジネスパーソンが増えるにつれ、タテマエを駆使して周囲を蹴落とそうとする社員が増えている。

 誰もが周囲を慮らなくなり、悪質なタテマエに満ち溢れた職場の行きつく先は、まさしく人外魔境。そこで働く社員たちは、原因不明の閉塞感や違和感、やるせなさに苛まれながら、迷える仔羊さながらに、次第に身心を蝕まれて行く。この連載では、そうした職場を「黒い職場」と位置づけ、筆者がここ数年間にわたって数々のビジネスパーソンを取材し、知り得たエピソードを基に教訓を問いかけたい。

「黒い職場の事件簿~タテマエばかりの人外魔境で生き残れるか? 吉田典史」

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