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長寿の食卓~あの人は何を食べてきたか~ 樋口直哉

1日でも長く生きたい――。きっと多くの人が望むことだろう。では、実際に長生きをした人たちは何を食べてきたのか。それを知ることは、私たちが長く健康に生きるためのヒントになるはずだ。この連載では、歴史に名を残す長寿の人々の食事を紹介。「長寿の食卓」から、長寿の秘訣を探る。

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「長寿の食卓~あの人は何を食べてきたか~ 樋口直哉」の全記事一覧
  • 第32回 天才サルバドール・ダリの長寿を支えたオリーブ油 

    [2016年11月10日]
    シュールレアリスムを代表する画家、サルバドール・ダリ。才能ある人物は早世するとよく言われるが、自らを“天才”と表現してはばからなかった彼は意外にも(?)長寿者だった。

  • 第31回 水木しげる、甘いもの好きでも“無病”のワケ 

    [2016年10月13日]
    『ゲゲゲの鬼太郎』をはじめ多くの作品を残した漫画家、水木しげるは、91歳で新連載をはじめるなど長寿者だった。水木はどんな生活を送っていたのか。食生活では胃腸が丈夫な健啖家だったという。

  • 第30回 なぜカルピスの生みの親は90歳でも現役でいられたか 

    [2016年09月08日]
    日本初の乳酸菌飲料カルピスを生み出した実業家、三島海雲は90歳を迎えてなお現役という長寿者だった。1日のうち、10時間を睡眠に、4時間を執務に、2時間を読書に割り振り、そして残る8時間を体力維持のための時間と定め、規則正しい生活を送っていた。

  • 第29回 1日18時間働いたという「エジソンの食事」 

    [2016年08月12日]
    発明王トーマス・エジソン。1日18時間働いたというエジソンだが、長寿でもあった。そんな彼は、日々の食事を「量は少ないがゆっくり、よくかんで食べ」「少しでも体調を崩した場合には、必ず食事を抜くことにしていた」という。

  • 第28回 病弱だった江崎グリコ創業者が97歳まで生きた秘訣 

    [2016年07月14日]
    日本で売られているお菓子はおしなべて高品質である。メーカーが食べる人の健康にまで配慮していることもわが国ならでは。例えばポッキーやプリッツなどで知られる江崎グリコの企業理念は「おいしさと健康」。創業者、江崎利一の精神が今も生きている。

  • 第27回 ドイツ人妻を亡くした音楽評論家を救ったバッハとソーセージ 

    [2016年06月09日]
    東京・日本橋で生まれ、幼い頃から西洋音楽に親しんで育った音楽評論家の吉田秀和。彼は午前6時起床、朝食は毎日3分半ゆでた半熟卵に紅茶、ドイツパン、コーンフレーク、ヨーグルト。このメニューは、先立たれたドイツ人だった妻バーバラの影響だった。

  • 第26回 腸が健康になってこそ、人は健康になれる 

    [2016年05月12日]
    腸内の環境を整えることが健康に寄与する。この事実は、人々にとって大きな発見だったわけだが、それよりずっと昔「健腸長寿」を提唱した学者が日本にいた。代田稔、ヤクルトの創始者である。

  • 第25回 料理記者・岸朝子は1日1500キロカロリーで長生き 

    [2016年04月14日]
    人気番組『料理の鉄人』に出演し「おいしゅうございます」の言葉で人気を集めた岸朝子が料理記者の道に進んだのは32歳のことだった。91歳という長寿だったが、酒をたしなみ、喫煙者でもあった彼女が長生きした理由はなにか。

  • 第24回 サツマイモが好物だった昭和天皇に学ぶ長寿の食卓 

    [2016年03月10日]
    歴代天皇のなかで最も最も在位期間が長く、最も長生きした昭和天皇の人物像が少し垣間見える資料がある。それが『昭和天皇 日々の食』だ。天皇の食事のすべてを預かる宮内庁大膳課に勤めていた著者が、昭和天皇の日々の食事についてまとめたている。

  • 第23回 「一日三合の牛乳を飲むこと」をモットーに104歳まで生きた女性 

    [2016年02月11日]
    加藤シヅエは日本を代表する女性解放運動家、政治家である。治時代に生まれ、大正、昭和、平成と生き、2001年、満104歳で亡くなった長寿者だ。牛乳を飲む習慣を大事にしていて、「一日三合の牛乳を飲むこと」をモットーにしていたという。

  • 第22回 葉巻や酒を愛しても、「偉い人」なら長生きする? 

    [2016年01月14日]
    ウィンストン・チャーチルは第2次世界大戦時の英国首相。長寿であったチャーチルは、今でも飲酒量の多い人や喫煙の言い訳に使われることが多い。チャーチルは葉巻と酒を愛したことで知られているからだ。

  • 第21回 虚弱体質でも95歳まで生きた「憲政の神様」に学ぶ4つの秘訣 

    [2015年12月10日]
    「憲政の神様」と呼ばれる尾崎行雄。 尾崎は1890年に衆議院議員になるとそこから25回連続で当選し、60年以上の議員生活を過ごした。そんな彼は生来、体が弱いことを自覚しており、養生を怠らなかったことで95歳まで生きることができた。

  • 第20回 松下幸之助が94歳まで続けた日本人らしい健康法 

    [2015年11月12日]
    日本の経営者に長寿者は多いが、松下幸之助の94歳も立派である。もともと体が弱い幸之助は、何度も重い病気を患った。不眠症にも悩まされ、睡眠薬を手放せなかった。そんな生活故に幸之助は健康には人一倍、気を使っていたようだ。

  • 第19回 江戸のグルメブームに歯止めをかけた腹八分精神 

    [2015年10月08日]
    貝原益軒は江戸時代中期の儒学者。83歳の時に書き残した健康指南書の『養生訓』は現在でも読み継がれている名著だ。腹八分精神は益軒の『養生訓』がベストセラーになったことで庶民の間にも定着したものだとも言われている。

  • 第18回 長寿の秘訣は週2のゴルフと毎昼のチキンラーメン 

    [2015年09月10日]
    世界で最も名前が知られている日本人の一人、安藤百福。その人生は波瀾万丈だ。紆余曲折の人生を送り、チキンラーメンを発明して日清食品を創業した時に彼は48歳になっていた。

  • 第17回 男性長寿世界一・木村次郎右衛門さんは何を食べていたか 

    [2015年08月12日]
    長生きするのは圧倒的に女性が多い。生活習慣や生物学的な差と見られているが、女は強く、男は弱い。もちろん、男性にも長寿者はいる。木村次郎右衛門、1897(明治30)年生まれ。2013年に満116歳で亡くなったが、男性史上、最も長生きした人物である。

  • 第16回 生涯権力を保ち続けた、毛沢東の活力源 

    [2015年07月09日]
    中国料理は四川、広東、北京といった地方ごとに味付けや調理法が異なるのが特徴。今でも湘南料理の店を訪れると毛沢東好みの味に出合える。そんな辛くて香辛料の効いた故郷の味を好んだ毛沢東は、82歳の長寿を全うした。

  • 第15回 100歳の双子スター「きんさん、ぎんさん」長寿の秘密 

    [2015年06月11日]
    ある企業のテレビCMに起用された100歳の双子が一躍スターになった。「きんさん、ぎんさん」こと成田きんと蟹江ぎんである。2人が100歳でも元気を保っていた秘密は一体どこにあったのか。

  • 第14回 酒は飲まず、好物は餅に団子。名医の指導も受けた毛利元就 

    [2015年05月14日]
    長生きは家系とよくいわれるが、武将・毛利元就の場合、父親も兄も若くして亡くなっている。原因は酒の飲み過ぎ。それを間近で見ていた元就は酒を飲まず、禁酒を家訓とした。そんな彼は、あの当時でも75歳まで生きることができた。

  • 第13回 思い煩うことなく酒を飲み、長生きした井伏鱒二 

    [2015年04月09日]
    代表作『山椒魚』で知られる井伏鱒二。井伏は、ひょうひょうとして動じず、悩みもユーモアで包み込む性格だった。さらに好きなものを食べ、酒を飲む。特にウイスキーを愛した。そんな彼は95歳まで生きた。

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