逆方向の反動

 政治はどのように分断されたのか。10年前まで右派および左派の大半の既成政党は、権力掌握と票獲得のために徐々に中道寄りとなり、その過程でお互いの立場の多くを認め合った。中道左派はグローバル化と規制緩和を受け入れ、中道右派は社会保障制度を受け入れた。両者ともに移民を支持していた。

 だがこれが結果的に、自分の選択に満足できない有権者を増大させることになった。LSEの政治学者サラ・ホボルト教授は、欧州ではここ数十年間に政党への愛着が薄れてきたと指摘。例えばブルカラーの労働組合員は中道左派に投票すると決まっていた一世代前に比べ、有権者ははるかに頻繁に支持政党を変えるようになった。

 またインターネットの存在が、従来型メディアの寡占状態を打ち破ったのと同様に、従来の政党の牙城を切り崩した。「何の規制も受けずにメッセージを支持基盤や支持基盤の中のオピニオンリーダーに届けられることが、こうした新興政党の大きな力になった」と、アムステルダム自由大学の政治学者カトリン・デフリース教授は指摘する。

 政治的忠誠心の後退とより強力な通信技術という組み合わせが、新興の非主流派政治運動の追い風となった。彼らはただ、中道政党は失敗したと主張するだけでよかった。さらに停滞する賃金や金融危機、歯止めのきかない移民流入などが彼らに道を開いた。

 政治的中道派支持層の消滅は、連立政権の樹立やそのために必要な妥協交渉をはるかに困難にした。オランダの議会では現在、13政党が議席を持っており、マルク・ルッテ首相が所属する中道右派の最大政党でも全議席の22%を占めるにすぎない。これに続く13%の第2党は右翼のナショナリスト政党だ。

 フランスのエマニュエル・マクロン大統領は、自ら新興中道政党の党首を務め、議会で多数派を占めるが、一方で極右と極左も国民の幅広い支持を集めている。これが同国でリーダーなき反政府デモ「黄色いベスト(ジレ・ジョーヌ)運動」が盛り上がる下地を生んだ。この運動は国内の都市をまひ状態に陥らせ、マクロン氏はいくつかの政策を撤回せざるを得なくなった。

 英国ではテリーザ・メイ首相のEU離脱案が大差で否決され、主な選択肢のどれも過半数の支持を得られない可能性が露呈した。すなわちEU残留か、合意なしのEU離脱(いわゆる「ハード・ブレグジット」)か、その中間案のいずれもだ。

 米国では移民問題ほど、分断の実態を如実に示すものはない。2006年には共和党のジョージ・W・ブッシュ大統領(当時)が、数百万人の不法移民の合法化を求めた一方で、当時上院議員だったオバマ氏を含め、大勢の民主党議員がメキシコ国境沿いのフェンス建設に賛成票を投じた。2016年の大統領選で当選したドナルド・トランプ氏は国境の壁を建設すると支持者に約束し、昨年の中間選挙では多くの民主党候補者がそれを阻止すると約束した。これが対立を深刻化させ、1カ月におよぶ大半の政府機関の閉鎖を招いている。

 ダボス会議はその影響を肌で感じている。国内の政治的混乱に対応するため、マクロン氏、メイ氏、トランプ氏は今年、そろって出席を見送った。

次のページ

「新たな均衡」へ

TOP