100万人以上が虐殺されたルワンダのジェノサイドの
虐殺者フツ族と犠牲者ツチ族との間の圧倒的な距離
【橘玲の世界投資見聞録】

2019年11月7日公開(2019年11月7日更新)
橘玲

虐殺を“Work(仕事)”と呼んだフツ族の加害者たち

 難民キャンプから帰還したフツの男たちは、当然のことながら、ツチの生存者からの報復を恐れていた。同時に、裁判にかけられて死刑になったり、長期刑を宣告されることも不安だった。これでは外国人ジャーナリストのインタビューに応じることはないだろうし、たとえ応じたとしても本心を語ることはないだろう。

 だがハッツフェルドは、ある条件の下ではフツの加害者にちゃんとしたインタビューができることに気づいた。ひとつは、刑務所に収監されていること。彼らはツチの生存者の報復から守られている。もうひとつは刑が確定していること。外国人に話したことが外国で出版されても、ルワンダでは誰も気にしないから裁判後に不利になることはない。

 こうしてハッツフェルドは、ニャマタ出身の確定囚のグループに接触し、何度も刑務所に通って彼らの話を聞いた。彼らの全員が、ジェノサイドの前までは「土地や作物、なんらかの被害や女性をめぐってツチの隣人と口論したこと」はなかった。

 「殺人者」たちの主張はとてもよく似ており、誰もが「ツチを殺さなければ自分たちが殺された」と述べた。これは言い逃れというわけではなく、フツの民兵たちは真っ先に穏健派のフツを殺し、それからツチの虐殺に取り掛かった。ニャマタの男たちには、マチェーテを手に“狩り”に参加する以外の選択肢はなかった。

 理解に苦しむのは、彼らが虐殺を“Work(仕事)”と呼んでいることだ。“Job(作業)”“cutting(切る)”“pruning(刈り込む)”というバナナ栽培の用語もよく使われた。マチェーテを手に農地に向かいバナナの葉を刈るように、彼らは毎朝サッカー場に集合し、マチェーテを持って人間を狩った。それが「仕事」になるのは、ツチを殺せばその財産が手に入るからだ。

 ツチは牧畜民なので牛を飼っている。フツには牧畜の習慣はないため牛はすべて屠られ、毎晩、ビールやウルワグワ(バナナ酒)を手にバーベキューパーティが開かれた。所有者のいなくなった家は略奪され、家財道具はすべて持ち去られた。とりわけ貴重なのはトタン板だが、これはルワンダで、屋根に使われるトタン板の枚数が富の象徴とされていたからだ。

 ちなみにここで紹介する加害者は「後悔する抑留者の会」というグループに属しており、刑務所に収監されているフツ族のなかではジェノサイドを「反省」している少数派だ。――ジェノサイドを反省していない囚人は、外国人のインタビューに応じる理由はない。そのことを念頭に置いて、彼らの証言を読んでほしい。

 インタビューに答えているのは20歳から62歳までの男たちだが、その証言はとてもよく似ているので、証言者を個別に紹介することはしない。

ジェノサイドが行なわれた教会の跡          (Photo:ⒸAlt Invest Com)

 

殺しは農業ほど疲れる仕事ではなかった」

 自分たちが行なった虐殺について、加害者はどのように語るのだろうか?

 骨の折れる刺激的な日々だった。何人殺したか数えることさえしなかった。終わったと思ってもまた始まるとわかっていたので、行動の最中も、終わってからも、数えなかった。本当に、何人殺したかわからないんだ(『加害者編』)。

 人を切れば切るほど、切るという行為は子どもの遊びのようになっていった。一部の人にとっては、こういう言い方が許されるなら、それは特別な楽しみになっていたんだ(『加害者編』)。

 殺しは農業ほど疲れる仕事ではなかった。沼地では、殺す人を探してのろのろ歩き回っていても罰を受けることはなかった。私たちは照りつける太陽から逃れ、怠けていると思われることなしにおしゃべりをして時間を費やすことができた。働く時間は、畑にいる時程長くはなかった。略奪する時間を確保するために、3時には仕事から戻った。干ばつに思い悩むこともなく、毎晩やすらかな眠りについた。農民としての苦痛を忘れた。そして、ビタミン豊富な食べ物を腹いっぱいに詰め込んだ。
 朝、俺たちは厚い肉を焼いて、夜にはさらに多くの肉を焼いた。結婚式でしか肉を食べたことがない奴でも、来る日も来る日も肉をたらふく食べた。(中略)新しい仕事のおかげで生活が豊かになった。沼地で走り回って疲れることも、厭わなくなっていた。仕事がうまくいけば幸せだった。作物も鋤も、もう捨ててしまった。もう農業について話すことはなくなっていた。何の心配事もなくなった
(『加害者編』)。

 「彼ら(加害者たち)が見せる穏やかさは、とても非現実的で常軌を逸している」と、インタビューしたハッツフェルドは述べている。「彼らの中の誰一人として、精神的苦痛のごくわずかな徴候さえ示していないのだ。何らかの心の動揺を示す者もいないし、彼らに聞いても、心の問題を抱えている者はほとんどいないという。収監されることで、後悔や不平、ホームシック、落胆、病気といったものはあるが、けっして自分たちがマチェーテを振るったことで憂鬱になるということはないのだ」

 これは一般の常識に反して、ひとを殺すことがさしたるトラウマにならないことを示している。戦争も同じだろうが、誰もがやったことで自分だけが苦しむ理由はないのだ。

 では、フツの女性たちは殺しを嫌い、平和を求めたのだろうか。たしかに彼女たちは、殺戮には積極的に参加しなかった。これについては、2つの証言を紹介しよう。

 女性にとって、(ジェノサイドの最中の)生活はとりわけ平穏だった。彼女たちは畑や市場での仕事を捨てたわ。もう植物を植えたり、豆の鞘を取ったり、市場まで歩く必要はなかった。ただ探し求めれば欲しいものを見つけることができたもの(『加害者編』)。

 女たちは廃墟に潜んでいたツチの女や子どもを追い出して、いかに残酷になれるかを張り合っていた。だけど、一番目立っていたのは、織物やズボンをめぐる争いだった。遠征の跡には、死体をあさって服を剥ぎ取るのだ。犠牲者がまだ息をしていると、工具や何かで致命的な一撃を与えるか、あるいは最後の一息を見届けることなく背を向けて置き去りにするとか、好きなようにしていた(『加害者編』)。

犠牲者が着ていた服

次のページ

「神」が加害者の罪の意識を軽くしそれにより被害者をさらに苦しめる


作家・橘玲の切れ味鋭い見解が毎週届く!
有料メルマガの
無料お試し購読受付中!
お試しはこちら
TOP