「11時間のフライトの間に世界一の有名人になった」大事件
「アフリカに向かう。エイズにならないことを願う。冗談です。言ってみただけ。なるわけない。私、白人だから!」というtweetを覚えているひともいるだろう。ジャスティン・サッコは30歳の白人女性で、大手婚活サイトなどを運営するニューヨークの企業で広報部長をしていた。2013年12月、ヒースロー空港で乗り継いで南アフリカに向かう直前に、彼女は170人ほどのフォロワーに向けてこの投稿をした。
それから11時間後、ケープタウン国際空港に着陸した機内で携帯の電源を入れたとたん、親友のテキストメッセージが表示された。「今すぐ電話して。今、あなたはツイッターで全世界のトレンド第1位になっているのよ」これが、「11時間のフライトの間に世界一の有名人になった」というSNSの"大事件"だ。
サッコが飛行機のなかにいるあいだに勤務先には「人種差別ツイート」への批判が殺到し、会社が「あまりに非常識で、言語道断なコメントという他ありません」と返答したことで、SNSは空港に着いたとたんに解雇されるイベントを待ち望む「祭り」状態になった。
フライトトラッカーでサッコがいまどこを飛行中で、いつ空港に到着するかが割り出され、ケープタウン空港で待ち構えていた男性の撮った写真がTwitterに投稿された。それまでGoogleで1カ月に30回程度しか検索されていなかったサッコの名前は、事件が起きてからわずか10日で122万回も検索された。
その3週間後、ロンソンはニューヨークでサッコの話を聞くことができた。憔悴しきってレストランに現われた彼女は、「レイシストの白人キャリアウーマン」というSNSがつくりあげた人物像とはずいぶん異なるものだった。
問題の投稿について、サッコはこう語った。
「あれがアメリカ人としてまともなコメントでないことは私にもわかっています。本気であんなことを言うはずがないし、私が本気であんなことを信じていると思った人もまずいないはずです。もちろん、世の中にはヘイトスピーチというものがあり、特定の集団を極端に憎む人たちがいるのも知っています。本気でああいうツイートをする人も皆無ではないでしょう。でも、私はそういう種類の人間ではありません」
本人からこのように説明されれば、問題の投稿が「白人であることの特権意識」の自嘲的なコメントであることがわかる。サッコはたしかにきわどい投稿をしていたが(「昨夜は、自閉症児の子供とセックスする夢を見た」など)、他に人種差別的なツイートがあるわけではなく、冷静に考えれば「出来の悪いジョーク」だとわかるはずだ。
彼女の不幸は、投稿が炎上しはじめたときは機中で、ツイートを削除することも、真意を説明して謝罪することもできなかったことだ。逆にこの特異な状況が、SNSの参加者を熱狂させ、「集団的狂気」を引き起こすことになったのだろう。なかには冷静になるよう促す意見もあったが、ごくわずかな“良識”はすべて無視され、なんの影響力もなかった。ひとびとが求めていたのは、「バカなニューヨーカーの白人女」が人種差別の罪で正義の鉄槌を下され、空港に着いたとたんにすべてを失うドラマだった。
サッコへの攻撃を先導したのはネットメディアのジャーナリストで、ロンソンに対して「ジャスティン・サッコが破滅したのは当然のことだ」と述べた。「それは彼女が人種差別主義者だからであり、特に、彼女のような地位の高い人種差別主義者を叩くのは正義だ」というのだ。
しかしその一方で、このジャーナリストはサッコが公人でも著名人でもないこともわかっていて、「自分が眠って目を覚ますまでの間に、誰かが仕事を失っている、そんなことは起きてほしくありません。誰かの人生を破壊することを望んでいるわけでもないのです」として、メールの最後にこう書いた。「彼女はいずれ立ち直れると思います。今はまだ無理かもしれないですが。人の関心は長くは続かないものです。皆、今日は今日で新たな敵を見つけて攻撃するでしょう」
ロンソンが最後に会ったとき、サッコはまだ失業中だったが、ネットニュースによると、その後、ファンタジースポーツ大手で実績を積み、事件から4年3カ月後の2018年1月にもとの会社のグループ企業に幹部社員として復帰したという。




