ユーザーの53%は検索結果の上位2つしか見ず89%は検索結果の2ページ以降を見ない
「世界最大のツイッター炎上」がリベラルによる私刑だとするならば、リンゼイ・ストーンは保守派/愛国者の私刑によって人生を壊された。
ストーンは高機能学習障害を抱えたひとたちを支援する非営利団体に参加し、障がい者のために熱心に活動していたが、それとは別の趣味があった。「禁煙」の表示の前でタバコを吸ったり、銅像の前で同じポーズをとったりする「ジョーク写真」をSNSにアップすることだ。
2012年10月、ストーンは学習困難を抱える成人をワシントンDC旅行に引率し、ナショナル・モール、スミソニアン博物館、アーリントン墓地などに案内した。
そのアーリントン墓地で「事件」は起こった。南北戦争からベトナム戦争まで、アメリカに尽くした多くの戦没者が埋葬された国立墓地で「静寂と敬意を」という看板を見たストーンは、その表示の前で中指を立てて叫んでいる格好をしたところを友人のジェイミーに撮ってもらい、ジェイミーはその写真にストーンをタグづけしてFacebookに投稿したのだ。
とはいえ、投稿のあともたいしたことは起きなかった。友人の1人が「あまり気分の良いジョークじゃないね」とコメントしたが、ストーンは「いやいやいや……これが私たちだから。悪い子だから。(中略)もちろん、軍で国のために働く人たち、働いてきた人たちに対する敬意はあります。それは別の話」と返信した。
投稿から1カ月後、ストーンとジェイミーはレストランで互いの誕生日を祝っていた(2人の誕生日は1週間しか離れていなかった)。自分の携帯が頻繁に震えるのに気づいてFacebookにアクセスすると、例の写真に大量のコメントがつけられていた。
「国のために犠牲になった人たちに敬意がないとは」「死ねこのブス」「地獄へ落ちろ」「このバカなフェミニストを刑務所へ送れ」……
サッコのときと同じく、このときも「この程度のジョーク投稿で、一人の人間の将来が台無しになるようなことがあってはならない」「誰にも将来があるのですから、あまり悪質な書き込みはやめましょう」と擁護するコメントがあったが、大量のヘイト投稿のなかではなんの効果もなかった。その日、ストーンのFacebookの「いいね!」の数は1万2000に達した。
翌日は自宅にマスコミが取材に来て、テレビカメラを前に父親が応対に出た。所属する非営利団体には解雇を要求するメールが殺到し、ストーンが出向くと建物のなかに入ることすら許されず、上司は駐車場で事務所の鍵を返すように告げた。
「本当に一夜にして、知人も友人も全部いなくなりました」ストーンはうつと不眠症になり、それから1年、ほとんど家から出ない生活を続けることになる。
その後、介護の仕事にいくら求職してもどこからも返事がなかったが、幸いなことに、自閉症の子どもを介護する職を得ることができた。だがストーンは、Facebookの炎上のことを職場に知らせていなかった。
もちろん違法行為をしたわけではないから、採用面接でそのことを告げる必要はないのだが、それによってストーンは疑心暗鬼に陥ってしまう。
自閉症の男の子をもつ母親から「この仕事をするために生まれたような方ですね」とほめられたときも、「嬉しいですが、私は重い気持ちでその言葉を聞いていました。いつ追い出されるかわからないと怯えていますから」とストーンはいう。Googleで名前を検索すれば、例の「ジョーク写真」と大量のヘイトコメントがページを埋め尽くすのだ。
「あの一件で、私のものの見方は大きく変わりました。あれ以来、私は誰ともデートしていません。新しい人と知り合いたいと思えないんです。あのことを知っているんじゃないか、知ってしまうんじゃないかと心配になるからです」とストーンは語った。
だがこの深刻な問題は、ロンソンが「グーグルの検索結果を操作する男」と出会ったことで見事に解決した。ロンソンはこの業者から、PRとして無料のサービスを提供してもらえることになった。最初はサッコを考えたが、投稿数が多すぎて何十万ドルという費用がかかるといわれてあきらめ、ストーンを「実験台」として紹介したのだ。
Googleの調査によると、ユーザーの53%は検索結果の上位2つしか見ず、89%は検索結果の2ページ以降を見ない。「検索結果の1ページ目がどうなっているかで、その人に対する世間の人々の印象がほぼ決まってしまう」のだ。
そこで業者は、スペイン旅行やディズニーランドで楽しく過ごす方法、レディ・ガガの新しいアルバムについての記事をリンゼイ・ストーンの名前で大量にアップすると同時に、バレーボール選手のリンゼイ・ストーンや競泳選手のリンゼイ・ストーンなど、「別のリンゼイ・ストーン」の写真が画像検索の上位に並ぶようにした。その結果、かつてはどこまでも途切れなく表示された例の写真がまったく表示されないか、たとえ表示されても別の無害な写真に紛れて目立たなくなったのだ。
こうしてストーンは過去の記録から解放され、自らの人生を取り戻したのだ。
価値観の「リベラル化」によりむしろ世界は「保守化」している
ネット炎上を取材したロンソンにとって大きな謎は、スキャンダルが暴露されても私刑を逃れることができた少数のひとたちがいたことだ。「ナチス風制服の売春婦5人とのSM狂宴」と報じられた国際自動車連盟(FIA)会長のマックス・モズレーはその一人で、何事もなかったかのように復活を遂げたばかりか、「人気者」になったことで以前より状況はよくなったという。
ロンソンは最初、バッシングの標的になるかどうかは本人のキャラクターによるのではないかと考えた。そこでモズレーにインタビューしたのだが、本人もなぜ自分が無傷でスキャンダルを切り抜けられたかはわかっていなかった。モズレーの父親はイギリス・ファシスト連合の創設者で、社交界の有名人だった母親のダイアナはヒトラーときわめて親しかった。モズレーの両親の結婚式は1936年にヨーゼフ・ゲッペルスの家で行なわれ、ヒトラーが出席した。
そんな家に生まれたモズレーが、よりにもよってナチス風の制服を着た売春婦からむちで打たれている写真をタブロイド紙に掲載されたのだから、それだけでキャリアが終わってもなんの不思議もない。
この謎を解く鍵は思わぬところにあった。メイン州の保守的な町のエクササイズスタジオで売春ビジネスが行なわれており、その顧客名簿が流出した。顧客のなかには牧師や弁護士、元町長などの名士がいて、裁判では全員に一人数百ドルの罰金刑が科せられた。牧師は仕事と妻を同時に失ったが、不思議なことにそれ以外はほとんどなにも起きなかった。裁判で他の客と顔を合わせることもあったが、「奥さんにSUVを買わされた」「バハマへのクルーズとキッチンをプレゼントさせられた」という話は出たが、誰も公開羞恥刑のような目には遭っていなかった。
こうした事例からロンソンは、きわめてシンプルな結論に到達する。ひとびとが「許容できること」と「許容できないこと」は、時代の価値観によって変わる。「許容できないこと」の典型は、リベラルであれば「人種差別」で、保守派なら「国をおとしめること」だ。ジャスティン・サッコとリンゼイ・ストーンはこのタブーに触れたことで私刑のターゲットにされた。
だがいまの時代には(すくなくともアメリカでは)、お互いが合意して行なったことで、ほかの誰にも迷惑をかけていないのなら、それは「許容できること」なのだ。こちらの典型が売春で、客と売春婦が合意の下で、金銭を介してなにをしようと他人には関係ない。それは妻や夫など家族のプライベートな問題ではあっても、「公共の問題」ではないのだ。
国際自動車連盟会長のモズレーの場合も同じで、乱交パーティでの売春婦の軍服が「ドイツ風」ではあっても、ナチスとはなんの関係もないことが裁判で明らかになった。売春婦のメールも読み上げられたが、そこでは「裁判官役」や「証言者役」の段取りについて述べられていただけで、ナチスとの関係をうかがわせるようなものはどこにもなかった。
この裁判に勝ったモズレーは「プライバシーに関する訴訟では、イギリス史上最高の額」とされる6万ポンドの損害賠償金を勝ち取り、「濡れ衣を着せられたけれど、見事にそれを跳ね返した人間」との評判を手にした(写真を掲載したタブロイド紙はその3年後に廃刊となった)。「ユダヤ人差別」と無関係であるなら、「売春婦に金を払ってなにをしようが本人の自由」ということなのだろう。
これまで「現代社会は“リベラル化”の大きな潮流のなかにある」と繰り返し述べてきたが、そのリベラル化の本質は「私の利害に関係なければ、なにをしようがあなたの勝手」というものだ。この価値観がアメリカ社会(英語圏)に深く浸透したことで、売買春のスキャンダルはもはやSNSではたいした興味を引き起こさなくなった。
ところがこの「リベラル化」によって「許容できること」の範囲が広がるにつれて、ひとびとの関心はごくわずかの「許容できないこと」に集中するようになった。アクセスが増えれば評判や金銭的利益につながるというネットの特性が、その傾向をさらに加速させた。迂闊に「地雷」を踏んだ者を見つけたら、本人の人生がどうなろうと関係なく、ネット参加者全員で「公開羞恥刑」に処してしまえば、その方がずっと面白いし儲かるのだ。
このような社会では、誰もが一線を超えないように用心しながら生きていかざるを得ない。
「今は、協調性があり、体制に順応する人ばかり居心地の良い、極端に保守的な世界ができつつあるように思う」「私は普通ですよ」「おれが普通ですよ」と皆が終始言っている」と、本書の最後でロンソンは書く。「普通とそうでないものの間に境界線を引き、普通の外にいる人たちを除外して、世界を分断する――そんな時代になりつつあるのではないだろうか」
ネットにおける私刑(リンチ)の背景には価値観の「リベラル化」がある。そして「リベラルの正義の鉄槌」から逃れるために、奇妙なことに、世界は「保守化」しているのかもしれない。
橘 玲(たちばな あきら)
作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)、『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)、『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)、『もっと言ってはいけない』(新潮新書) など。最新刊は『上級国民/下級国民』(小学館新書)。
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