3月16日、ルソン島全域で経済・社会活動が停止。街から人影が消えた
3月16日(月)の夕方、マラカニヤン(大統領府)から緊急かつ重大な発表があるとの報があった。これ以上やることがあるのかと、発表を待っていると、まさかという過激な措置が発表された。
首都マニラのあるルソン島全域において、各戸ごとのクワランティン(検疫、隔離)を行なうという。すなわち、学校閉鎖、役所の機能停止、公共交通機関の運行停止、イベントの中止、夜間外出の禁止に加えてモールの閉鎖、レストランの営業禁止(出前と持ち帰りのみOK)、食料・医薬品供給を除くすべての経済・社会活動を停止して、国民は家に留まって感染防止を徹底せよというものだ。
さらに、19日(木)には外出制限が発令され 、60歳以上の高齢者は外出禁止、食料の買出しも各戸につき一人の外出を許すというもので、街から人影が消えた。
外出許可証。これなしで外出すると逮捕される【撮影/志賀和民】一方、日本への帰国は17日(火)の午前0時から72時間以内ならば可能[すなわち、19日(木)中]ということで、おそらく航空窓口は混乱の極みであったろう。ただし、この方針は即日撤回され、当面、出国に期限はなくなった(帰国便が飛んでいればの話だが)。
ちなみに、上記の隔離は、国家警察と軍が実行しており、マニラに出入りする車はすべて検閲され、夜間に街をうろついていると警官にとがめられ、まさに戒厳令の様相を示している。
しかし、ドテルテ大統領のリーダーシップの賜物か、混乱なく粛々と実行されている。しばらく後に、食料品の配給に集まったスコーター(スラム)の住民が手違いで配給を受けられず暴徒化したが、ドテルテ大統領の「そんなやつらは射殺してしまえ」という一喝でたちまち収まった。人々は麻薬戦争でドテルテ大統領が数千人を超える超法規的殺人を行なったことを忘れてはいない。
マニラに通じる主要道路は迷彩服姿の警官により封鎖されている 【撮影/志賀和民】
(後編に続く)
(文・写真/志賀和民)
著者紹介:志賀和民(しが・かずたみ)
東京出身。東北大学大学院修了後、日揮(株)入社。シンガポールをかわきりに海外勤務を歴任。1989年日揮関連会社社長に就任しフィリピンに駐在。日揮(株)退職後、2003年にフィリピンに移住。2007年4月PASCO(退職者の何でも相談所)取締役。





