どれだけ補食を必要とするかは個人差が大きく、それを把握するのは確かに手間がかかることだろう。ただ、子どもにとって(大人にとってもそうかもしれないが)「食事を取る」ということは、単にカロリー摂取にとどまらない体験でもある。個人的な体験で恐縮だが、筆者は小学校1年~3年まで学童保育に通っていた。当時、週替わりで児童がおやつ当番をし、学童クラブのスタッフと一緒に近くのスーパーまでおやつを買いに行ったり、ときにはホットケーキを焼いたりすることがあった。当時を美化するつもりはないが、年下の子に教えながらホットケーキを焼いたり、手をつないでおやつを買いに行ったりするのは楽しい体験だった。
もちろん、子どもにこういった「体験」をさせるには行政の負担が大きく、だからこそ「家庭が担うべき『育』がどんどん行政や学校に振り分けられるのは逆に子どもがかわいそう」(廃止すべき派のコメントより)という意見もあるのだろう。しかし、共働きが増加し、先の見えない経済状況が続く中で、「子育ては家庭だけで」という考え方が偏りすぎると、子どもの教育格差がますます広がるだけだ。
当然、教育やしつけを始めとする子育てはまず家庭で行われるべきもので、適切な教育を子どもに与えない親は罰せられるべきである。ただ、適切な教育を与えられない環境にいる子どもに罪はない。今回のおやつ問題にしても、待機児童の問題にしても、必ず出る意見は「共働き家庭のワガママ」というものだ。しかし、たとえそうであったとしても、その責任を取るのは子どもであってはならない。子どもに責任を取らせたツケは数十年後、必ず社会に返ってくる。
(プレスラボ 小川たまか)



