AIによって産業だけでなく社会が大きく変わる

――日本企業におけるAI活用の現状をどのように見ていますか。

長谷川 海外の先進企業に比べれば少しゆっくりした進み方ですが、着実にビジネスに浸透しつつあります。中長期的なAI戦略に基づいて事業変革に取り組む日本企業は増えており、一定の成果につながった事例も少なくありません。

――先頃、御社は『迫るAI社会と主要業界の変貌:AIによる破壊と創造』というレポートを公表しました。AIの進化を受けて、さまざまな産業の形も変わるのでしょうか。

長谷川 産業のみならず、社会が大きく変わると考えています。ビジネスにおけるAIの位置付けは今後、徐々に固まってくるでしょう。多くの企業、産業においてこうした動きが進めば、その影響は必然的に社会全体へと広がり、やがて、人々の暮らしを各種のAIが自然な形でサポートするようになると思います。

「AIインパクト」を勝ち抜くため、経営者が注意すべき三つのポイントPwCコンサルティング
上席執行役員
パートナー
ハイテク・通信・メディア事業部
長谷川宜彦

――この大きな潮流に対して、経営者はどのように向き合うべきでしょうか。

長谷川 AIによって新たなビジネスモデルが生まれ、ユーザーの行動も変わるでしょう。そうした動きを注視しつつ、自らも動き始める必要があります。例えば、従来の制度やルールはAI時代に適応しない可能性があります。場合によっては、AI前提のルールと既存ルールを並行して運用するといった工夫が求められるかもしれません。既存ルールのチューニングで対応できる企業もあるでしょう。企業の特性によって、AI時代のビジネスモデルやルール設計は異なるはずです。

――経営者が注意すべき変化について、具体的に教えてください。

長谷川 三つのポイントがあります。第一に、AIの「バリューエコシステム」の主戦場のシフトです。大きな投資が集まり、激しい覇権争いが起こる場は少しずつ変化します。第二に、フィジカルAIの普及により、「AI of Society(AIoS)」への流れが加速するでしょう。社会のあらゆる場面でAIが大きな役割を担うようになります。第三に、「産業アーキテクチャ」という思考法が求められます。これは当社が提唱する概念で、AIの産業インパクトを分解し理解した上で、企業ごとの勝ち筋を考えましょうという提案です。

――順番にお聞きします。バリューエコシステムの主戦場が変わるとは、どういうことでしょうか。

長谷川 現在の主戦場はインフラレイヤー、具体的には半導体やデータセンター、電力などの領域です。米国の巨大IT企業などハイパースケーラーを中心に、巨額の投資競争が繰り広げられています。AIにインプットするデータ、AIが生成するデータを自社のコントロール下に置くことで、競争優位を確立しようという狙いだと思います。ただし、この領域もやがてはコモディティ化していきます。次の主戦場は、AIを活用してどのようなビジネスや価値を生み出すか。AI前提のビジネスモデルを描く構想力と共に、実際に提供するサービスや必要な機能、仕組みまでデザインし、事業を組み立てて実装・運営していく「Run The Business」を担う、いわばオーケストレーション力が問われる時代に移行します。AIを巡っては、ハルシネーションなどのリスクも懸念されています。ガバナンスやリスク管理などの観点での準備も欠かせません。

フィジカルAIが「AI of Society」への扉を開く

――次に、フィジカルAIの普及でAIoSへの流れが加速するという点についてご説明ください。

長谷川 フィジカルAIとは、物理空間で自律的に動くAIです。これが、デジタル空間の中だけで分析や意思決定を行うAIとの違いです。また、従来のロボットはあらかじめ設定した細かなルールに基づいて動くのに対して、フィジカルAIは空間内での自分の位置を認識し、物理的な影響などを理解した上で動きます。そして、自らの実行結果を評価して、次に何をすべきかを意思決定する。こうしたサイクルを回しながら、フィジカルAIは現実世界に働き掛けます(図1)。

「AIインパクト」を勝ち抜くため、経営者が注意すべき三つのポイント図1 フィジカルAIがもたらす影響
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内村 フィジカルAIには主に三つの機能があります。周囲の状況を認識するセンサー、センサーが集めたデータを解析し何をすべきかを判断するAI、モノを動かすなど現実世界に働き掛けるアクチュエーターです。フィジカルAIは、これらの3機能を駆使して自律的に行動します。

「AIインパクト」を勝ち抜くため、経営者が注意すべき三つのポイントPwCコンサルティング
執行役員
パートナー
ハイテク・通信・メディア事業部
内村公彦

長谷川 製造業やモビリティ、医療などの現場ではすでに利用が広がりつつあります。海外で一部商用段階に入った自動運転車は、その好例といえるでしょう。

内村 一例ですが、夜中に誰もいない工場や建設現場などで、特定エリアを点検するフィジカルAIがあります。そのおかげで、朝の始業時にはすぐに仕事に取り掛かることができる。こうしたユースケースは徐々に増えています。

――そうしたフィジカルAIが進化していった先にAIoSがあるのですね。

長谷川 すでに工場などではモノ同士がネットでつながるIoT(Internet of Things)が進んでいますが、それが「AI of Things(AIoT)」へと進化し、さらに街にも家の中にも、あらゆるモノにAIが実装され、社会インフラそのものにAIが組み込まれるAIoSの世界へ進むと考えています(図2)。

「AIインパクト」を勝ち抜くため、経営者が注意すべき三つのポイント図2 生成AIからフィジカルAIへの潮流
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――時代がAIoSに向かいつつある中で、通信インフラの形も大きく変わるのでしょうか。

豊島 あらゆる産業にAIやフィジカルAIが実装されれば、通信インフラ上のトラフィックは急拡大します。大容量データを高速・低遅延でつなぐのは通信企業の使命ですが、ユーザーの要求レベルは一層高まります。AI社会の土台を支える各社の責任は、より重いものになるでしょう。

「AIインパクト」を勝ち抜くため、経営者が注意すべき三つのポイントPwCコンサルティング
執行役員
パートナー
ハイテク・通信・メディア事業部
豊島良彦氏

――「AI×通信インフラ」という観点では、どのような動きに注目していますか。

豊島 AI処理をクラウドではなく、ユーザーに近いところで行う「エッジAI」への関心が高まっています。例えば、PCやスマートフォンにAIを搭載する。また、通信業界では計算処理機能を通信基地局に持たせる動きがあります。ユーザーの近くでAIが計算処理を行うので、ネットワークやデータセンターの負荷は大幅に軽減されます。電力消費の分散により、送配電網の負荷も分散します。加えて、AIが近場にあるので、リアルタイム性が高い。自動運転やフィジカルAIを実装する上でも、大きなメリットがあります。

「産業アーキテクチャ」を基に現状を理解し、未来を考える

――AI、フィジカルAIのインパクトがますます拡大しつつある中で、企業はどのように対応すべきなのでしょうか。第三のポイント、産業アーキテクチャの考え方を含めてご説明ください。

長谷川 企業が新しい価値づくりを目指すためには、まず産業構造の全容を読み解くとともに、今後の変化を改めて見つめ直す必要があります。その上で、ユーザー価値から逆算して、何を提供するのか、どのように提供すべきかを考える。そのために案出したフレームワークが産業アーキテクチャです。これを活用することでWhy(社会的価値)、What(産業的価値)、How(機能的価値)の3層で産業を立体的に捉え、企業が新たな価値をいかに実現するかを議論します。産業アーキテクチャは、価値創出のアプローチを見いだすためのツールでもあります(図3)。

「AIインパクト」を勝ち抜くため、経営者が注意すべき三つのポイント図3 価値起点で形成されるAI産業アーキテクチャ
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――産業アーキテクチャが提供する価値について、もう少し詳しく教えてください。

長谷川 産業アーキテクチャは、ビジネスに必要なさまざまな機能を定義しています。これを参照することで、個々の企業にとって「できること、できないこと」が明確になります。新規事業を検討している企業なら、そのために「足りない機能」が見えてくる。それを補完するために何をすべきかを議論するときにも役立ちます。

内村 AIによって自律生産が可能になり、需要予測は劇的に向上します。そこで、収益性の低い従来型大量生産から、小規模マーケットにジャストフィットする高付加価値の多品種少量生産にシフトする製造業もあるでしょう。見込み生産から受注生産への転換も考えられます。こうしたビジネスモデル変革の道筋を考える上でも、産業アーキテクチャは有効です。

豊島 AI活用の進展に通信インフラが追随できなければ、企業の競争力低下を招く可能性があります。通信業界の責任は重大です。大きな社会的役割を果たすためにも、通信インフラの増強とAIの実装が求められるでしょう。また、データセンターの役割も再定義する必要があると思います。従来型の「データの保管庫」から「AI社会の価値創造エンジン」へ。先端のデータセンターはこうした方向を目指しています。

――AI時代に対応した事業体への変革を目指す企業に対して、御社はどのようなサポートを提供できるのでしょうか。

長谷川 AIは巨大な波ですが、人類は長い歴史の中であらゆる荒波を乗り越えてきました。企業もまた、AIのインパクトを自社の事業に生かし、競争力を高めることができると信じています。そのためのクリアな戦略、道筋を提案するだけでなく、私たちは結果を出すことにもこだわります。また、そのための体制拡充も進めています。クライアントをサポートしながら、AIを活用したより良い社会づくりに貢献していきたいと考えています。

レポート「迫るAI社会と主要業界の変貌:AIによる破壊と創造」

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