なぜ今、サプライチェーンが経営の主戦場になったのか
「今日のサプライチェーンが抱える最大の課題は、企業の内側にあるサイロ(縦割り構造)だけではない。サプライヤーや配送業者といった“企業の外”で、何が起きているかが見えないことだ」。Blue Yonderで最高技術責任者(CTO)を務めるサリル・ジョシ氏は、そう指摘する。取引先の在庫や輸配送の制約が見えないまま下される判断は、しばしば収益性を損なう。
企業を取り巻く環境は、ここ数年で質的に変わった。関税政策の変動、地政学リスク、物流網の混乱に、銅や半導体、レアアースといった重要資源の供給制約が重なる。こうした混乱はもはや一過性ではなく、常態としての「構造的な不確実性」だとBlue Yonderは捉える。だからこそ企業は、単一拠点・単一サプライヤーへの依存から複数企業間のネットワークへと軸足を移し、レジリエンス(強靱性)への投資を守りのコストではなく成長戦略の一部と見なし始めた。
その優先順位は数字にも表れる。同社の調査「Supply Chain Compass 2026」では、サプライチェーンのリーダーが最も重視するテーマは「効率性・生産性の向上」、次いで「迅速かつ高品質な意思決定」だった。システムを入れ替えること以上に、データに基づき速く的確に判断する能力そのものが、競争優位を左右し始めている。
ここにサプライチェーン特有の難しさがある。会計の世界では、ERP(統合基幹業務システム)が販売や購買、財務を束ねてきた。だがサプライチェーンでは、企業内のサイロ、そして企業外のサプライヤー、配送業者、倉庫業者といった各プレーヤーが全体のネットワークと切り離されたまま、長く別々にオペレーションしてきた。「その意味でサプライチェーンは、最後に残されたフロンティアだ」。Blue Yonderの最高製品責任者(CPO)、ガーディップ・シン氏はそう語る。その最後の領域を一つにつなぐことに、同社は挑んできた。
サイロを壊し、ネットワークで強靱に
Blue Yonderがこの「最後のフロンティア」に挑む土台には、二つの変革がある。クラウドネーティブ企業への転換と、プラットフォーム企業への移行だ。
第一の変革がもたらす価値を、シン氏はこう説明する。「当社のクラウドネーティブのソリューションを使う顧客は、四半期ごとに提供される新機能を自動的に手にする。技術的なアップグレード作業は要らない」。従来型のソフトウエアは新バージョンへ移るたびに費用と労力を強いてきたが、その負担が消えるとジョシ氏も言い添える。「ソリューションは常に最新の状態にあり、新機能が必要なときに顧客はソフトウエアを立ち上げるだけだ」。
第二の変革であるプラットフォーム企業への移行は、顧客にとって二つの便益がある、とシン氏は続ける。一つは、計画(プランニング)と実行(エグゼキューション)を一つの基盤に統合し、本社・倉庫・輸配送・工場を隔ててきたサイロを壊すことだ。本社で下した判断が即座に倉庫や工場へ伝わり、現場の実態も本社へフィードバックされる。「その結果、企業のクロックスピード(意思決定と行動の速さ)が上がる」。
もう一つの便益が、レジリエンスだ。同社のプラットフォームは、サプライヤーや配送業者も同じ基盤に載せるマルチエンタープライズのネットワークとして設計されている。供給や物流のどこかで混乱が起きても、企業は即座に把握し、手を打てる。「私たちが届けたいのは、技術やコスト削減の効果だけではない。ビジネスのクロックスピードが上がり、ネットワークにレジリエンスが生まれる。それが今の時代には決定的に重要なのだ」とシン氏は語る。
この統合を機能させる前提が、データの一元化だ。ジョシ氏はそれを「唯一の真実(ワン・バージョン・オブ・ザ・トゥルース)」と呼ぶ。「サイロがあれば、各部門がそれぞれのデータを持ち、その整合性は誰にも分からない。だが、真実が一つに整えられていれば、誰もが同じリズムに乗って動ける」。財務も営業も調達も、そして外部のサプライヤーや配送業者までもが、許可された範囲で同じ情報を見て動くことになる。
Blue Yonder 最高技術責任者(CTO)サリル・ジョシ氏
Salil Joshi
こうした基盤の上で、同社は日々270億件を超えるAI・機械学習の予測を実行する。この数は、顧客が業務をプラットフォームへ移すにつれ、およそ9カ月ごとに倍増しているという。
「コグニティブ」とは何か——汎用AIとの決定的な違い
2026年5月、米サンディエゴで開かれた顧客向けイベント「ICON 2026」で、Blue Yonderは「コグニティブ(認知型)」ソリューションを事業の中核に据えると明言した。では、サプライチェーンにおけるコグニティブとは何を指すのか。
シン氏は、言葉の語源から説き起こす。「“cognitive”はラテン語の“知るに至る”に由来する。周囲から情報を得て、推論し、考え抜いて結論にたどり着く。勘や感情だけに頼る意思決定の対極にある営みだ」。起きた問題に後追いで反応してきたサプライチェーンにとって、コグニティブなソリューションが目指すのはその逆だ。出来事が起きた瞬間に捉えて影響を推論し、収益性や顧客サービス、温室効果ガス排出抑制といった目的に照らして取るべき選択肢を自律的に示す。
ここでは、汎用AIとの違いが決定的になる。「大規模言語モデル(LLM)のような汎用AIを検索や分析に使うのと、サプライチェーンで“実行”に使うのは、まったく別のことだ」とシン氏は強調する。「倉庫や工場、物流の現場では、人と機械が同時に動く。精度が命であり、ミスは許されない」。同社が日々行う270億件超の予測も、例えば商品を倉庫から店舗へ寸分たがわずに届け、トラックの到着時刻を正確に読む——そうした物理世界の動きに直結する。だからこそ、汎用の生成AIとは異なる高い精度と速度が要るのだ。
Blue Yonder 最高製品責任者(CPO)ガーディップ・シン氏
Gurdip Singh
その効果は外部の調査でも裏付けられている。AIをサプライチェーンの課題解決に導入した企業は、物流コストや在庫のパフォーマンスで改善を得ていると、シン氏は大手コンサルティングファームなどの調査結果を引く。「これは実験環境での概念実証(PoC)ではない。現実のビジネスの成果だ」。
Blue Yonderは、この歩みを三つのAIの層で捉える。実用化の進んだ予測AI・機械学習、自然言語での対話から洞察や根本原因を引き出す生成AI、そして深い課題に精度と一貫性を持って自律的に取り組むエージェント型AIだ。
3層目のエージェント型AIを、コストの壁を越えて実装する取り組みが、半導体大手NVIDIA(エヌビディア)との協業による「モデル・トレーニング・ファクトリー(Model Training Factory)」である。汎用の巨大モデルに頼らず、業務に特化した高精度のモデルを現実的なコストで届けることが狙いだ。
シン氏が挙げるのは、倉庫で在庫が足りなくなる「引き当て不足(アロケーションショート)」の例だ。「この問題に絞って学習させたところ、わずか300億パラメーターのモデルで、数兆パラメーター規模より高い精度を実現できた」。この軽量モデルは、各拠点の実運用データを学んで最適化される。
人とAIが協働する未来と、「自律型サプライチェーン」
Blue Yonderが数年前から掲げてきたのが、「自律型サプライチェーン」の構想だ。計画だけでなく実行までを人の介入を最小限に抑えて進めれば、得られるのは速さだけではない。無数のシナリオを検討した、より質の高い判断にたどり着ける。
シン氏は、その進化を「デジタルツインからの飛躍」と表現する。現実の写し絵であるデジタルツインは、長くサプライチェーンの究極の目標とされてきた。「私たちが今向かうのは、人間の考え方に近い“ワールドステートモデル” (現実世界の状況を理解し、学習・予測しながら意思決定するAIモデル)だ」。渋滞を3度経験した人が次から別の道を選ぶように、各領域を担うエージェント型AIが実際のデータから自らの振る舞いを学ぶ。そして倉庫や物流のエージェント同士が「在庫が足りない、ならばこうしよう」と対話しながら問題を解いていく。
企業とソフトウエアの関係も変わる。「将来、私たちのような企業は、ソフトウエアではなくエージェントを売っているかもしれない」とシン氏は言う。Blue Yonderが選んだのは、自社だけで囲い込まないオープンなアーキテクチャーだ。ERPや営業支援など他社のソリューションを自律操作するエージェントとも定めた手順で連携させる。ただし無秩序な自動化ではない。物理的・倫理的な「ガードレール」をあらかじめ定め、人間の承認と監督の下に動く。
この変化は、当然ながら日本企業にとっても人ごとではない。26年4月、改正物流効率化法により、一定規模以上の企業にCLO(物流統括管理者)の選任が義務付けられた。ジョシ氏のCLOへの助言は明快だ。
「物流だけを切り取ってはならない。計画も倉庫も物流も顧客対応も、できれば単一のプラットフォーム上でつなぐこと。“唯一の真実”が見えて初めて、意思決定は意味を持つ」。その際の重要な指標の一つが、顧客へのサービス提供にかかる総コスト(Cost to Serve)であり、CLOにはそれを常時把握できる環境が求められる。
シン氏はさらに踏み込む。「サプライチェーンを競争優位に変えたいなら、押し寄せる変化を生かすことだ。CLOの最大のチャレンジは、チェンジマネジメント(変革マネジメント)である」。
構造的な不確実性は、当面消えそうにない。だが、機械のスピードで考え、学び、適応するサプライチェーンを築いた企業こそが、その不確実性を競争力へと変えていく。Blue Yonderが指し示すのは、その現実的な道筋である。
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