「銅駝」は「どうだ」と読む。日本で最初の美術学校として1880(明治13)年に創立された京都府画学校をルーツとする。東京芸術大より古い。明治維新で東京に文化の中心が移っても、京都の画家たちは伝統を引き継ぎ、多くの俊英を輩出した。その「京都画壇」のバックボーンになったのが、この京都市立銅駝美術工芸高校(京都市中京区)、略称「美工」だ。

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