豊臣秀吉の後継ぎとして関白に就いた秀次は、ある日突然「謀反人」とされ切腹に追い込まれた。その処罰は本人にとどまらず、一家皆殺しにまで及んだ。秀吉最大の汚点とも言われる秀次事件だが、よくよく考えるとおかしな点だらけだ。謀反にも関わらず切腹を許したのはなぜか、秀吉の死期が迫るなかそもそもそんなリスクを冒すのか……。数々の疑問を追っていくと、ある1つの新説が浮かび上がってきた。※本稿は、歴史学者の呉座勇一『真説 豊臣兄弟とその一族』(幻冬舎)の一部を抜粋・編集したものです。

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