呉座勇一
「秀吉は異常に残虐な人間」歴史学者が解き明かす「一家皆殺し事件」の闇【豊臣兄弟!】
豊臣秀吉の後継ぎとして関白に就いた秀次は、ある日突然「謀反人」とされ切腹に追い込まれた。その処罰は本人にとどまらず、一家皆殺しにまで及んだ。秀吉最大の汚点とも言われる秀次事件だが、よくよく考えるとおかしな点だらけだ。謀反にも関わらず切腹を許したのはなぜか、秀吉の死期が迫るなかそもそもそんなリスクを冒すのか……。数々の疑問を追っていくと、ある1つの新説が浮かび上がってきた。※本稿は、歴史学者の呉座勇一『真説 豊臣兄弟とその一族』(幻冬舎)の一部を抜粋・編集したものです。

秀長、冷酷すぎん?一家心中も出た「過酷な搾取」でためこんだ莫大な財産【豊臣兄弟!】
大河ドラマ『豊臣兄弟!』の主人公・豊臣秀長は、兄とは対照的に「温厚な常識人」として描かれているが、その実態は真逆である。実は、統治を任されていた奈良で、自殺者が出るほど苛烈な財政政策を行なっている。秀吉よりも残酷かもしれない、秀長の真の姿とは?※本稿は、歴史学者の呉座勇一『真説 豊臣兄弟とその一族』(幻冬舎)の一部を抜粋・編集したものです。

秀吉、実は農民出身じゃなかった説【豊臣兄弟!】
豊臣秀吉といえば、農民出身ながら天下統一を成し遂げた人物として愛されているが、そもそも農民でないとしたら……。実は、秀吉にまつわる資料は脚色された記述が多く、信頼に値しないものが少なくない。史実を丁寧に見ていくと、秀吉の意外な出自が浮かび上がってきた。※本稿は、歴史学者の呉座勇一『真説 豊臣兄弟とその一族』(幻冬舎)の一部を抜粋・編集したものです。

戦国時代を呼んだ「山名宗全・細川政元」、実力主義へ社会を変革した武将の正体
戦国時代が始まるきっかけとなった「応仁の乱」や「明応の政変」。これらの事件を引き起こしたのが山名宗全と細川政元だ。身分秩序を重んじる時代から、実力主義の戦国時代へと移り変わる過渡期のキーパーソンたちはどのような価値観を持っていたのだろうか。
