徳川家康が開いてから約260年間続いた江戸。その江戸の幕末期、徳川家に忠義を尽くすため自ら「脱藩」し、東北各地を転戦して新政府軍と戦った―そんな「最後の殿様」がいたことをご存じだろうか。そこで今回は『日本史を変えた「最後の○○」』(青春出版社刊)から太平洋戦争直前まで生きた最後の殿様の波乱の人生について抜粋して紹介する。

娘と二人、アパートで静かに暮らす

 太平洋戦争開戦の年となった昭和16年(1941年)の1月22日、現在のJR山手線・目白駅から歩いて数分の距離にある東京都豊島区高田のアパートの一室で、一人の老人が静かに亡くなった。享年94と長寿だった。

林忠崇「最後の大名」と呼ばれ、東京・豊島区のアパートで94歳で生涯を終えた林忠崇の波乱の人生とは Photo by GooGooDoll2

 その老人こそ、当時、「生存する最後の大名」と呼ばれた林忠崇(ただたか)であった。近所では、そのアパートに娘と二人、つましく暮らす老人がいることは知られていたが、まさか「お殿様」だったとはほとんどの人が気付いていなかった。

 およそ林忠崇ほど流転の人生を経験した大名もいなかった。戊辰戦争をきっかけに殿様でありながら自ら藩を「脱藩」、旧幕府軍に加わって新政府軍(官軍)と戦った。これだけでも相当ユニークなのに、その後、謹慎が明けてからは旧領に戻って農民、続いて東京府の下級役人、函館に渡って商家の番頭……など職業を転々とした。

 なぜ、かつてのお殿様が、これほど苦難の人生を歩まなければいけなかったのだろうか。