あだ名には本人の同意が必要
「あだ名」(ニックネーム、愛称)は、コミュニケーションを円滑にする手段の一つです。しかし、今回のケースでは、意に反するあだ名で呼ばれたAさんが傷つき、「学校へ行きたくない」という気持ちになってしまいました。こうしたクラスメートたちの行為が、「いじめ」(いじめ防止法第2条1項)に当たることは、これまでにも述べてきた通りです。
私たちは、個人の人格的生存に関わる重要な私的事項を公権力の介入・干渉なしに各自が自律的に決定できる自由(自己決定権、憲法第13条)を有しており、基本的には自分のことを自分で決めることができます(第2回参照)。他人からの「呼ばれ方」も、自己決定権の問題と考えることができるでしょう。
「あだ名を付ける」という言葉があるように、一般的には、「呼ばれる本人以外の誰かが決めるのがあだ名」だというイメージがあるかもしれません。そのため、特に子どもたちの世界では、友だちに勝手にあだ名を付けて呼び始めてしまうことも起こり得ます。
しかし、その呼び方が「良い」か「悪い」かは、原則として「呼ばれる本人」に決定権があります。本人が「良い」のであればそのまま呼び続けることができますし、「嫌」なのであれば、いかに呼びやすくても周囲はそれ以上そのあだ名で呼び続けることはできません。
つまり、人の呼び方に関しては、原則として「呼ばれる本人の同意」が必要になるということです。Bさん、Cさんは、Aさんを「姫」というあだ名で呼ぶことの可否をあらかじめ確認し、Aさんから「いいよ」と同意を得ています。Aさんを尊重したとても良い対応といえるでしょう。
一方、同意する本人は、「誰に対して、どのようなことを許すか」を決めることができます。これを「同意の範囲」といいます。
この点で、Aさんは、Bさん、Cさん以外のクラスメートが、「姫」と呼ぶことに同意していません。ですから、Aさんのことをきちんと尊重するのであれば、他のクラスメートたちは事前に(事後になってしまったとしても)Aさんの同意を得る必要があります。
なお、今回のケースでは、クラスメートが「姫」と呼び始めることに、Aさんが特に異議を唱えていないため、「黙示の同意」(明確な同意はないものの、事実上同意していると考えられること)があったといえそうです。ただ、異議を唱えなかったとしても、内心で「嫌だ」と思っている可能性もありますから、相手を尊重したコミュニケーションという観点からは、やはり同意は得ておいた方がよいでしょう。
また、「姫」というあだ名を、Aさんが許した以外の意味で用いることもAさんの「同意の範囲」を超えているためNGです。
Aさんは、アイドルグループの中心メンバーの「姫ちゃん」に似ているという良い意味合いで「姫」と呼ばれることに同意しており、「面白いことをする人」など、笑いの対象となる意味合いで呼ばれることには同意していません。
したがって、Aさんは、Dくんをはじめとするクラスメートたちに対してはもちろん、一度は「姫」と呼ぶことに同意したBさん、Cさんに対しても、彼女らが当初の意味合いと異なる趣旨で「姫」と呼び始めたら、躊躇(ちゅうちょ)なく「やめて」と言ってよいのです。