人間はどういうときに動くのか
早く勉強を始めるためには、早い時期からの勉強へのモチベーションが必要です。モチベーションとは何かを理解することが受験勉強を早く始める重要な一歩目です。
モチベーションとは生物学的にいうと、頭の中でどれくらいドーパミンが出るかです。人間は欲求を満たすために行動しています。神経伝達物質であるドーパミンが放出され、受容体がそれを受け取ることで前頭葉などを制御し、快い感情や意欲等が高まり、行動をとるかとらないかを決定します。
このドーパミンの放出を勉強に向けてあげることで、勉強へのやる気が起き、勉強を早く開始したり、継続したりできます。それでは、このドーパミンはどのように出したらよいのかを理解しましょう。そのためにまず、報酬の性質からお話しします。
3つの報酬の性質とは
人間の報酬には3種類の性質があります。心理学や脳科学では「マネタリーリワード」「インナーリワード」「ソーシャルリワード」と呼びます。この3つは何によって喜びを感じるかを分類したものです。
・「マネタリーリワード」は経済的な報酬の快楽にあたります。より多くの給与や賞与をもらうために働く、転職をするなど
・「インナーリワード」は、学ぶことによって新しい知識を得られておもしろいと感じるといった、探求することにおいての報酬感
・「ソーシャルリワード」は他者から認められること、勉強することで友人や周りから評価されることや、SNSで友だちに共感してもらえるなどが報酬となる
人間の報酬はこの3種の性質を持っていますが、いずれかだけを持っているということではなく、どの性質のほうが優位かにより、何が理由でドーパミンが出てやる気が出るのかが変わってきます。
例えば、政治家になるために早稲田大学の政治経済学部に入りたいと勉強を頑張る子は、なぜ政治家になりたいかで分類が変わります。政治家になって「世の中や人々の問題を解決したい」との理由であれば「インナーリワード」に近く、「裕福になれる」などの理由であれば「マネタリーリワード」に、「名誉や社会的ステータス、友人に認められたい」などの理由であれば「ソーシャルリワード」に近いことになります。
3つの特徴と勉強への向かわせ方
「マネタリーリワード」が優位の人は、「500円だったらやらないが1,000円だったらやる」といったように、脳が数字(お金)に換算して、計算高くなる性質があります。大学受験でいえば、試験で点数を取ることや良い大学に合格することが目標になってしまい、試験に合格して大学に入学できると脳が目標達成とみなし、大学入学後には遊んでしまうといったこともあります。
「マネタリーリワード」優位の人を動かすためには、受験のために早く勉強を始めたほうが有利であること、受験勉強自体に将来的には相当大きな経済的見返りがあるということを伝えると勉強のスタートが早くなります。
「インナーリワード」が優位の人は勉強して理解できること自体で報酬を得ているため、大学入学後、またその後も勉強に対しての姿勢が止まらず、長く続く傾向にあります。何かを一心不乱に研究したり開発したりする方は、このインナーリワードが優位な方が多いでしょう。
「インナーリワード」優位の人は、勉強をすることは好きだけれど、時間効率や点数を取るための受験勉強が苦手なことが多い傾向にあります。しかし、受験勉強は苦手だったけれど、大学生や社会人になってから伸びる子も「インナーリワード」優位の人の特徴といえます。そのため、興味のある分野や学んでいて楽しいと思えること、その先の将来のことなどを見据えられると良い方向に働きます。
「ソーシャルリワード」が優位の人は周りよりも早く勉強を始めること自体で、周りからの承認が受けられます。さらに早めに結果を出すことで、より勉強に向かいやすくなります。また、学校は勉強がわかることで先生や友人に認められやすい環境でもあるので、「ソーシャルリワード」優位の場合は「勉強する自分」や「よくできる自分」が周りから認められる経験をすると、勉強に向かいやすいといえます。
我慢ができる子は賢い
賢さを測る指標の一つに、どれくらい直近に得られる報酬を我慢して、より大きい報酬を手に入れられるかということが挙げられます。例えば3歳の子どもがいて、机の上に飴玉をあげて「食べていいよ」というと喜んで食べるでしょう。
次に、同じ子に椅子に座ってもらい「これから30分我慢したらもっと好きなケーキをあげる」というとどうでしょうか。子どもであれば我慢できずに、30分たつ前に飴玉を食べてしまうかもしれません。しかし5歳児であれば、30分我慢してケーキをもらうことができるかもしれません。これこそが知性であり、我慢できるかどうかは知性に比例しています。
乳幼児期の育て方に我慢させるという方法がありますが、これはすなわちいつドーパミンを出すのかを教育していることになります。今我慢をすることで、将来より大きな報酬を得られるということを教育された子どもは、その後も我慢強い子になる傾向があります。
この我慢強さは受験勉強にも活かされます。高校生活は勉強以外にも楽しい誘惑がたくさんあります。ここで、良い大学に行ったほうが将来的に大きな報酬が得られることが多いと理解して我慢ができれば、受験までの間に勉強を続けることができます。
しかし、多くの子はそれを我慢することができません。これは、どういうときにドーパミンが多く出るかを教育された差であり、知性として反映されているのです。
小さい頃からたくさん我慢させたほうがよいのか?
我慢強い子は、幼少期からいつドーパミンが多く出るかを教育されているということは、小さい頃からたくさん我慢させた方がよいのでしょうか。これは、メカニズムとしては基本的にそうであるといえますが、人間は生物なので、我慢させ過ぎればよいというわけではありません。
中には厳しく多くを禁止するような保護者さんもいらっしゃいますが、そうすると子どもの「インナーリワード」は成長しなくなってしまいます。我慢のさせ過ぎはドーパミンが出なくなる他にも自己否定や指示が出ないと動けない人間に育ってしまうことに繋がることもあります。お母さんが厳しく教育しすぎるとお母さんの言うことしか聞かなくなるということがありますが、これはお母さんに言われたことでないとドーパミンが出なくなり、自分ではドーパミンを出さなくなってしまっているからです。
だからこそ、何でも我慢させるのではなく、子どもに自主性を持たせることが非常に重要になります。
ドーパミンを出す魔法は「褒めること」
ドーパミンは自分自身で出せるようになることが一番良いです。海外では比較的自由に行動をさせて自分でドーパミンを出させるようにするという教育が多い傾向にありますが、日本は禁止するという教育がまだ多いのが現状です。では、どのように教育をしていくと自分でドーパミンを出せるようになるのでしょうか。
それは、褒めることです。ドーパミンは褒められると出ることがわかっています。例えば、手伝いをしてもらったらすぐに褒めるということを繰り返すことで、その子どもの脳が手伝いをしたらドーパミンが出るということを理解します。また、この褒め方によってどの報酬の形を快楽と感じるかも決まってきます。
例えば、夏休み中に宿題をせず遊んでいた子どもが勉強に取り掛かった時に、それを褒めていれば「インナーリワード型」になりやすく、宿題をしたからお小遣いをあげるというように育てれば「マネタリーリワード型」になりやすいです。
高校生の場合どう褒めれば良いのか?
小さい子どもであれば、周りは幼稚園の先生や親になってくるので、そういう人から褒められることは安心して納得がしやすいです。しかし、人間は年齢が上がってくるにつれて相手の考えの裏を読むといったことを始めます。
特に高校生は大人と子どもの両側面を持ち合わせているので、褒められること自体は嬉しいのですが、毎日同じことで褒められると慣れが出てくることもあります。ここで大切なのは、その子が大事だと思っている人に褒められることと、大事にしていることを掘り下げて褒めてもらうことです。
例えば、勉強に関して親に褒められても、親は勉強についてあまり理解していないことがあります。しかし、普段から自分の頑張りを横で見てくれている先生であったり、自分が目標としている人に褒められることはとても嬉しかったりするのです。そのため、親は勉強の継続や普段の生活で褒めるようにして、点数や理解度の上昇については学校や塾の先生に褒めてもらいましょう。
何を褒められるかも重要です。大学に入りたいと一生懸命勉強している子が、成績が上がった時に褒められたら嬉しいですが、全然受験に興味もない状態で、たまたま点数をとったテストを褒められてもあまり嬉しくありません。また、勉強に関する褒め方で一番良くないのは、点数だけを見て、プロセスを見ずに褒めることです。
例えば、点数が60点から70点に上がったことを単純に褒めても、褒められた子は「私の何も見ていないじゃないですか」となってしまいます。しかし、仮に点数が前回と同じ60点、もしくは下がってしまったとしても「君は頑張っていたからこの点数には価値がある」と褒められれば、プロセスが評価されたことに感動を覚えるでしょう。
ドーパミンを出すためには褒める内容も大事ですが、タイミングも大切です。脳は同じ人から同じ言葉のパターンで褒められると慣れてきてしまうので、感動が薄まってしまいます。そのため、意外なタイミングで言われた方が心に響きやすいです。これはメリハリや工夫といったコミュニケーションの問題なので複雑な部分ではあります。
勉強を始めたての子の褒め方
勉強を始めたての子は、勉強に対しての知性があまりない状態といえます。すでに勉強に慣れていて偏差値が取れている人であれば、どのくらい頑張れば点数が取れるかがある程度わかっていますが、その経験も不足してるためわかりません。
では、そういった勉強に対して初めての学生に対しては、最初どのようにアプローチすれば良いのでしょうか。それは短い時間で区切って勉強をさせて、褒めることです。
例えば、美味しそうなカレーの匂いがして、もうすぐカレーが食べられる!という期待感は、ドーパミンが出ているから起こる現象です。しかし、同じ状況であっても、カレーの匂いを嗅いだことがない子の場合はドーパミンが出ません。これは、カレーの匂いを嗅いで、その後ちゃんとカレーが出てきて、食べたら美味しいという体験を何度もしているから、カレーの匂いによってドーパミンが出てくるのです。
勉強も同じように、最初はそれが分からないからドーパミンが出てきません。こういう勉強をしたらテストで良い結果が取れたというような成功体験を積ませることで勉強に対しドーパミンを出せるようになっていきます。
受験勉強ではそのような繰り返しだけでできるわけではなく、数週間、半年、1年間という計画の中で受験勉強をしていく必要があります。既に、アカデミックな姿勢がついている学生であれば、長期的な勉強に耐えることができます。しかし、勉強をあまりしたことがない学生が、同じ量の勉強をすることは難しいでしょう。
だからこそ、その学生が持っている知性(勉強にどのくらい慣れているか)に合わせて、どのタイミングでどのくらい褒めるかということを見極めて考えていく必要があるのです。受験勉強をし始めた人には、特に始めの状況を見守り伴走しながら、小さい簡単なテストで結果を出させてあげて、それを褒める。その際には勉強への姿勢や今までからの変化、勉強時間数などを褒めるようにしていきましょう。
見極めが大事
早く受験勉強をさせるためには、前述の通りドーパミンを出させることが重要です。しかし、ドーパミンは人によってどうすれば出るかが異なります。子どもがどのような報酬に対しやる気を出すのかを見極めて、その子に合ったアプローチをしていくことが大切になります。
子どもは環境で思考が大きく変化します。もちろん今まで多くの時間をともに過ごしてきた親の影響を最も多く受けています。中学、高校と学年が上がるにつれて、外との接点が増え、思考も変化していきますが、それでも親の影響は親が考えている以上に大きいものです。そのため、勉強を始めるときは親からの適切なサポートがあると成功しやすくなります。モチベーションの仕組みを知って、子どもの成長を見守っていきましょう。
技術協力:片岡洋祐氏(脳科学者)