中学入試で求められる力の変化

 2023年入学の中学入試問題の全体的な出題傾向をみてみますと、以下のような傾向が強まっているというのが個人的な印象です。

●中学入試問題の出題傾向●

  1. 細かい知識を問う問題や、特殊な解法を用いて解く問題は減少
  2. 問題文や選択肢などの文章量が増加
  3. 問題文や資料をもとに情報を条件整理して、知識や技能を組み合わせるなど創意工夫して解く問題が増加

 数年前の中学受験の問題、特に算数では、インプットした知識や技能(解き方)を、いかに素早く正確にアウトプットできるかを問う問題が主流でした。有名中学の入試で新傾向の知識・技能が問われると、翌年度の塾の教材に反映され、受験生たちはインプットとアウトプットのトレーニングを積んで対策します。今までの入試で学校から問われたのは「このことを知っていますか」「この問題の解き方を知っていますか」「速く正確に答えを出せますか」が中心でした。それが、最近の中学入試ではこのような傾向があります。*¹

最近の中学入試問題で学校から問われていることは以下の通りです。

  • 知っている解き方を組み合わせて、この問題の解き方をこの場で見つけることができるか
  • 問題文を読み取って条件整理をして、どのような関係になっているのか気付くことができるか
  • 問題文に示された手順通りに手を動かして、その結果をもとに規則性を見つけることができるか

 保護者が中学受験をした時代とは様変わりしていることがおわかりいただけるかと思います。「できる子」の基準が変わり、それに伴い中学入学試験の「ルール」も変わっているのです。

中学入試問題の変化は社会の変化の反映

 かつての社会では、マニュアルを素早く理解して、マニュアル通りに素早く正確に実行できれば評価される社会でした。しかし現在は、少子高齢化による生産年齢人口の減少、グローバル化の進展、AIなどの技術革新等により、社会構造や雇用環境が大きく急速に変化しています。「マニュアル通り」「前例踏襲」では対応できない社会になっています。

 その社会の動きに対応できる「将来社会の担い手」を育てたい文部科学省は、学習指導要領総則*² で「学校教育には,子どもたちが様々な変化に積極的に向き合い,他者と協働して課題を解決していくことや,様々な情報を見極め知識の概念的な理解を実現し情報を再構成するなどして新たな価値につなげていくこと,複雑な状況変化の中で目的を再構築することができるようにすることが求められている。」と記しています。情報を条件整理して、知っている知識や技能を組み合わせたり、関連付けたり、工夫したりして、新しい価値を創造したり再構築したりする力を育てていくという方針を示しているのです。

 各中学校は入試問題を通して、「文科省がいうような将来社会に対応する力を、受験生が今どの程度備えているか、入学試験問題を通して問いますよ」「このような問題が解ける受験生に入学してもらいたいのです」といったメッセージを、受験生や保護者に発しているのではないかと思います。

試行錯誤が必要な問題に立ち向かえる子どもと立ち向かえない子ども

勉強に立ち向かう子ども
出典: pixta

 計算の速さや正確性といった技能の向上や、知識量の増加や定着には、日々の学習の積み重ねがモノをいいます。塾から出る大量の宿題をこなして暗記できていれば、保護者の時代の中学受験では合格の可能性が上がりました。

 現在の中学入試に出てくるのは、暗記だけでは解けない、「試行錯誤しながら考える問題」です。このような試行錯誤が必要な問題に出合ったときの、子どもたちの反応は様々です。

  • 初めから手をつけない 「塾や学校で習っていないからやらなくてもいいや」
  • すぐにあきらめてしまう 「塾や学校で習っていないから無理」
  • 興味を持って前向きに取り組んでみる 「おもしろそう」「どうやったら解けるのかな」「よし、やってみよう」

 保護者であれば、わが子に「よし、やってみよう」と興味を持って前向きに取り組んでほしいのではないかと思います。興味を持って前向きに取り組んでみる子どもとは、どんな子どもなのでしょうか。

 前回記事の『「中学受験は親が勝手に言い出したこと…」”子ども主人公”の中学受験に向けて準備すべきことは?で触れた受験への『自己決定感』が低い子どもは、勉強自体が「他人事」で、「やらされている感」が高いので受け身に終始しており、主体性が見られません。面倒な問題やわからない問題にはなかなか手を付けようとしない傾向にあります。

 反対に、受験への自己決定感が高い子どもは、面倒な問題にも「なぜこうなるのか」といった問いを持ったり、「もっと良い方法があるかも」と工夫しようとしたりするなど、主体的な学習姿勢を持っています。さらに、自己決定感が高い子どもは、『自己肯定感』も高いことが多いように思います。

自己肯定感は、自らの全存在を肯定していくことで育まれる

『自己肯定感』とは、研究者によって定義が異なりますが概ね「ありのままの自分を受けとめ、自分の良いところも至らないところも含めて、自分が自分であっても大丈夫という感覚」を指します。*³ 周囲からの愛情を感じる経験や、無条件に他者から受け入れられていると感じる経験を積み重ね、子どもが自らの全存在を肯定していくことで育まれる感覚です。短所も自分らしさや個性として受け止めることで、この『自己肯定感』を身につけることができます。

 教室で子どもたちの様子をみていると、自己肯定感の高い子どもと、そうではない子どもとではずいぶんと異なります。褒められたとき、自己肯定感が高い子どもは素直に喜び、感謝してくれます。一方、自己肯定感が低い子どもは素直に喜ばず、何か目的があっておだてているだけではと感じてしまう場合すらあるようです。

 叱られたときはどうでしょう。自己肯定感の高い子どもは、ミスを素直に認めてあまり落ち込みません。むしろ、自分をより高めるための機会として捉える傾向があります。対して、自己肯定感が低い子どもは、自分はダメな人間だと感じて必要以上に落ち込んでしまいます。先生に嫌われているのではと不安感にさいなまれることもあるようです。

 では、未知の問題や複雑そうな問題を前にしたときはどうでしょう。自己肯定感の高い子どもは、ありのままの自分に満足しているため、物事を肯定的に捉える傾向があります。失敗やミスを恐れずチャレンジし、たとえ失敗したとしても「また頑張ればいいか」と前向きに考え、失敗を成長の糧にできます。一方、自己肯定感の低い子どもは、未知の問題から逃げてしまう傾向にあります。わからない、間違える、先生や保護者からの評価が下がるのが怖い、自分なんかダメだ、もう取り組まない、という悪循環に陥ってしまうのです。

こんな時に
子どもはどうする?
自己肯定感が高い子ども 自己肯定感が低い子ども
うまくいったり
褒められたりしたとき
素直に喜ぶ
褒めた人に感謝する
素直に喜ばない
褒めた人を疑う
失敗したり
叱られたりしたとき
落ち込まない
自分を高める機会と捉える
落ち込む
不安感にさいなまれる
逆ギレする
未知の問題や複雑そうな
問題を前にしたとき
失敗やミスを恐れずチャレンジ チャレンジせず逃げてしまう

子どもの自己肯定感を高める7つのポイント

 では、自己肯定感を高めるために保護者はどのように子どもに接するとよいのでしょうか。ポイントは以下の7つです。

【1】どんなときでも味方なのだと伝える
【2】結果ではなくプロセスを評価する
【3】話を真剣に最後まで聞く
【4】叱る前に言い分を聞き、認めるべき点は認める
【5】否定的なコトバを使わない
【6】挑戦する前から失敗すると決めつけない
【7】感謝の言葉を発し態度で表す

【1】どんなときでも味方なのだと伝える

 保護者は子どもを無条件の愛情で包む、子どもの最大の味方です。「何があってもどんなときも、あなたの味方だ」としっかり伝えましょう。失敗も短所も含めた存在そのものを認めることで、子どもは無条件に受け入れられていることを感じとります。「家族は失敗しても応援してくれる、大丈夫」と確信した子どもは、大きなチャレンジができるようになります。

【2】結果ではなくプロセスを評価する

 どのようなときに褒めるかで、保護者が何を重視しているのかを子どもに伝えることができます。解答の正誤を評価する前に、わからない問題に取り組んでいる姿勢や、答えの出し方を自ら考えているというプロセスを褒めたいものです。たとえば、保護者が正誤や点数などの結果のみを褒めると、子どもの関心も結果に集中します。すると「点数が良ければよい」「マルならばよい」とばかりに、解き方を丸暗記して反復する学習をしがちです。これでは未知の問題に対して消極的になってしまいます。

【3】話を真剣に最後まで聞く

 子どもが何か話したがっているときは、途中で口をはさんで遮ったり否定したりせずに、最後まできちんと話を聞くことが大切です。保護者が子どもの話を真剣に聞く姿勢を積み重ねていくと、子どもは無条件に自分が受け入れられていると実感できるようになります。大人は子どもの考えの先を読むことができますし、忙しいときに手を止めて聞くのは大変なことですが、根気よく聞きましょう。

【4】叱る前に言い分を聞き、認めるべき点は認める

 自己肯定感の高い子どもは、保護者から褒められた頻度が高いという調査結果があります*⁴ 。

 そして、「たくさん褒められ、たくさん叱られた」経験のある子どもが最も自己肯定感の高い子どもの割合が高い点は注目に値します。

 この調査でも、「親や先生、近所の人から『褒められた経験』が多かった人は社会を生き抜く資質・能力が高く、そのうち『厳しく叱られた経験』が多かった人はより社会を生き抜く資質・能力が高い傾向がみられた」とレポートしています。

 ただし、叱る前には、子どもの言い分を真剣に聞いて、まず認めるべき点を認めてあげましょう。そうすることで、子どもに伝わるように愛情をこめて叱ることができます。この順番が反対になってしまうと、愛されているという実感も持てなくなったり、自分は不要な人間だと誤解してしまったりします。


自己肯定感が高い子供の割合
親が褒める(多)&叱る(多) 46.6%
親が褒める(多)&叱る(少) 44.5%
親が褒める(少)&叱る(多) 23.6%
親が褒める(少)&叱る(少) 24.0%

※「発達段階に応じた望ましい体験の在り方に関する調査研究」国立青少年教育振興機構(令和2年)をもとに東京個別指導学院が作成
※数値は、自己肯定感の高い子どもの割合を表している

【5】否定的なコトバを使わない

 わが子に成長してほしいと思うあまり、短所の指摘が多くなってしまう保護者も少なくありません。愛情ゆえであっても、コトバは選びたいものです。見かたによっては短所も長所に変わります。

  • 「飽きっぽい」は「好奇心旺盛」
  • 「短気」は「決断が早い」
  • 「せっかち」は「行動力がある」
  • 「頑固」は「固い意志を持っている」
  • 「マイペース」は「おおらか」
  • 「緊張しやすい」は「何事にも重く受けとめている」

 このような子供の欠点に目がいきがちですが、肯定的に捉え直してみましょう。すると、否定的なコトバを使う機会はほとんどなくなるでしょう。

【6】挑戦する前から失敗すると決めつけない

 失敗して傷つかないようにという親心のあまり、「どうせ無理」「失敗するに決まっている」などと言って、挑戦させないように予防線を張ってしまう保護者もいます。できないという決めつけは子どもに「自分は信頼されていない」と感じさせ、自己肯定感も低下してしまいます。子どもが自ら挑戦しようとしているときは、「あなたが決めたことならば、ぜひやってごらんなさい。応援するよ」と言ってあたたかく見守ってあげましょう。

【7】感謝の言葉を発し態度で表す

 感謝とは、「あなたがいてくれてよかった」ということです。小さなことであっても「ありがとう」と感謝の言葉を発し態度で表すことで、子どもは自分が必要とされていて、自分に存在価値があると感じるようになります。伝わっているだろうと思わず、感謝の気持ちを口に出すことが大切です。

  • 「家事のお手伝いをしてくれてありがとう」
  • 「元気に学校に行ってくれてありがとう」
  • 「ごはんをおかわりしてくれてありがとう」
  • 「寝坊せずに起きてくれてありがとう」
  • 「おはよう!と挨拶をしてくれてありがとう」

 このように、日常生活の中には、「ありがとう」を言う場面がたくさんあります。「あなたがいてくれてよかった! ありがとう」は、子どもの自己肯定感を高めます。

子どもの自己肯定感を高めると、今後の中学入試が有利になる

中学受験に成功した子ども
出典: pixta

 冒頭で示した「③問題文や資料をもとに情報を条件整理して、知識や技能を組み合わせるなど創意工夫して解く問題」に対応するためには、試行錯誤しながら問題に取り組み、できなくても間違えても何度も演習することが必要です。文字通りトライ&エラーを繰り返しながら、次第に見通しを立てて、解決策や適切な方法を見いだしていくのです。これは試行錯誤であり、失敗することが前提と考えましょう。

 自己肯定感が低い子どもが、試行錯誤が必要な問題を前にしたとき、こんな心情を抱えているとしたらどうでしょうか。

  • 「わからないと言って、怒られたらどうしよう」
  • 「間違えてしまって、親にお前はダメな奴だなと言われたらどうしよう」
  • 「途中まで考えたけれど、その先がわからない自分はダメだ」
  • 「親に見捨てられてしまったらどうしよう」

 一方で、自己肯定感の高い子どもはしっかりと問題に向き合っています。

  • 「どこで間違えたのかな」
  • 「なぜ間違えたのかな」
  • 「もっと簡単に解ける方法はないかな」
  • 「確実に解けるようにするにはどうしたらいいかな」
  • 「この解き方は、ほかにどのような場合に使えるのだろう」

 このように、試行錯誤が必要な問題にも前向きな考えを持って取り組み、未知の問題に主体的に向き合う姿勢は、中学入試に有利に働くことでしょう。

終わりに

 これからの中学入試では、試行錯誤しながら問題に向き合い、解いていく力が求められます。その試行錯誤への原動力のひとつが『自己肯定感』です。そして、試行錯誤しながら問題を解決する力は、未来社会ではますます必要とされる力であり、入試の合否だけでなく生涯にわたって必要になるでしょう。ご家庭での接し方ひとつでお子さまの自己肯定感は高まることもあれば低下してしまうこともあります。今回ご紹介した「子どもの自己肯定感を高める7つのポイント」を参考に、お子さまへの接し方を見直してみてはいかがでしょうか。

*¹ 例えば2023年度女子学院中学校算数第5問、豊島岡女子学園中学校算数第5問
*² 小学校学習指導要領(平成29年告示)解説 総則編
*³ 子どもの自尊感情・自己肯定感等についての定義及び尺度に関する文献検討

*⁴ 国立青少年教育振興機構「発達段階に応じた望ましい体験の在り方に関する調査研究」