「与えられる時間割」から「自分で作る時間割」へ
これまでの学校は、クラスごとに時間割が決まった教師主導の一斉教授型の授業がほとんどで、生徒は「何を」「どのように」学ぶかを選ぶことはできませんでした。人口増加の時代、知識を効率的に学ばせ、学力テストにおける得点を上げるという観点では、一定の効果を出したことは事実です。
しかし、VUCAの時代において、生徒が時代の変化に柔軟に対応しながら学び続ける力を育てるためには、生徒が自分で考え、自分で決めていく主体性を育てていくことにも注目しなければなりません。
神奈川県にある私立横浜創英中学・高等学校(以下、横浜創英)は、1940年の開校以来、「『考えて行動のできる人』の育成」を建学の精神に掲げ、学業はもちろんのこと、学校行事や部活動においても、自律した活動ができる生徒の育成を目指している学校です。
建学の精神をさらに推進するために、時間割や学び方を生徒主体に変え、自律心を育てる新カリキュラムを2025年度にスタートしようとしています。
横浜創英が手掛けるカリキュラム改革は、生徒の自己決定を重視し、主体性を育てようとするものです。高校での自由選択科目を大幅に拡大し、生徒一人ひとりがそれぞれの目標に向けて主体的に時間割を作れるようにします。
つまり、「与えられる時間割」から「自分で作る時間割」へとカリキュラムの概念を変えるのです。生徒の学びの態度も「教わるもの」から、自ら学ぶ内容を選び「学び取るもの」へ変換していくことを目指しています。
すでに2024年度において、高校3年生は自分が選択した授業までに登校し、授業が終われば帰宅できるようになりました。各教室にはiPadが置いてあり、生徒はQRコードでタッチして授業の出席の登録をします。その出席の確認は、保護者・担任・教科担任に自動的に連絡が行き渡るようになっています。新しいカリキュラムでは、このシステムを高校を中心に広げていき、生徒一人ひとりが異なる時間割での出席管理を行う予定です。
学年を超えて「学び方」を選ぶ
新カリキュラムで大切になるのが、生徒自身の「学び方」です。横浜創英では、各教科の代表の教師からなる「学び方改革プロジェクトチーム」で、カリキュラム改編と学び方改革について、主に3点議論してきました。
Ⓐ画一的な教育から脱却して個を軸とした学び方への転換
Ⓑ実社会とつながる実学を軸とした学び方への転換
Ⓒ課題解決力を会得するための探究型を軸とした学び方への転換
Ⓐについては、生徒の「学び方」に大きく影響を与えるのが先生の「教え方」です。一斉教授型か、アクティブ・ラーニングか。黒板を使った授業か、ICT活用型の授業か。知識偏重型か、探究型か……。従来の教育界では教え方の手法を巡って対立を繰り返してきましたが、横浜創英では「教え方」は統一せずに、多様であったほうがいいと考えています。なぜなら、生徒自身が「学び方」を選ぶべきだと考えているからです。
一斉教授型が必ずしも悪いわけではありません。例えば、私たち大人が何かを学びたいとき、講義形式のセミナーに参加することがあるかと思います。プロ講師によるセミナーは、知識を効率的に学ぶことができます。生徒が学び方を選択するときに、自らこのような一斉教授型を選ぶならば、十分に「主体的な学び」といえます。
先生から学ぶ、オンラインで学ぶ、動画で学ぶ、AI教材で学ぶ、教科書や参考書で学ぶなど、手段を主体的に選んで学ぶことを横浜創英では「自律学習」として大切にしており、中学校の英語ですでにスタートしています。週5時間ある英語の授業のうち、2時間は学年を超えて学び方を選びます。具体的には、中1から中3までが同じ時間に英語の授業があり、学年にかかわらず学び方を選べる仕組みです。
学び方は学年ではなく教室で分けていて、現在は「先生から学ぶ教室」「友達同士で教え合いながら学ぶ教室」「個で学ぶ教室」「企業から学ぶ教室」の4つがあります。生徒たちは時間になると、自分が選んだ学び方の教室へと移動します。
例えば、過去形を学ぶ英語の授業を見てみましょう。「先生から学ぶ教室」では、まだ習っていない中1生も、復習したい中3生も受講しています。「友達同士で教え合いながら学ぶ教室」では、教科書の音読やスピーチなどを練習し合ったり、わからないところを教え合ったりしています。「個で学ぶ教室」では、AI型の教材やワークブック、塾の教材などを黙々と勉強しています。「企業から学ぶ教室」では、今年度は英会話教室やプログラミングを通して英語を学ぶことに挑戦しているそうです。
自律学習を成功させる3つのポイント
このような学び方を選択する授業で、生徒たちが適切な手段を選択し、自律学習を行うために大切だと私自身が感じた点が3つありますのでご紹介します。
①目標設定
②メタ認知
③適切な手段を選択する力
自律学習を行うための大切なポイント①目標設定
横浜創英の目標設定には、「個人目標」と「共通目標」の2つがあります。個人目標とは、生徒個人が自分で設定した目標のことであり、一人ひとり違います。例えば英語でいうと「英検準1級に合格したい」「将来、外国で働いてみたい」といったものです。その教科を学ぶ目的と言ってもいいでしょう。
もう1つは、学校(先生)が設定した目標です。定期テストや単元テストなどで問う、生徒に最低限身につけてほしい力(知識やスキル)で、共通目標として生徒に伝えます。これらの目標を達成するために、「できない」を「できる」に変えていく学びを行うのが自律学習となります。目指すゴールを定めることから自律の一歩が始まるというわけです。
自律学習を行うための大切なポイント②メタ認知
目指すゴールが定まった子どもたちは、「自分にできていないことは何だろう、できていることは何だろう」と自分を「メタ認知」します。メタ認知とは、自分自身の認知――例えば、考える・感じる・記憶する・判断する――を第三者的な立場から客観視することです。自分を客観視して、「何を・誰と・どうやって・どこで学ぶのか」を自分で選択する、という流れになります。
自律学習を行うための大切なポイント③適切な手段を選択する力
生徒は「先生から学ぶ教室」「友達同士で教え合いながら学ぶ教室」「個で学ぶ教室」「企業から学ぶ教室」の4つから、「こうやって学ぶのが自分の目標達成には適しているんじゃないか」と手段を選びます。見通しを立てて目標設定をし(Anticipation)、実際に学んでみて(Action)、その結果を振り返って(Reflection)、うまくいっていないと判断したら「じゃあ、どうしたらいいだろう」と改めて考えていく。このAARサイクルを回しながら、常に目標と手段の選択を繰り返し、それを振り返り、改善することで自律学習の質を上げていくのです。
適切な手段を選択するときに大切なのが「自己決定感」です。自己決定感とは、アメリカの心理学者エドワード・デシ氏とリチャード・ライアン氏による「自己決定理論」で説明されたもので、行動に対する自己決定性の高さが学業成績やパフォーマンス、精神的健康等に影響を及ぼすとしています。特に、自分の行動は自分自身が自発的に行っているものであって、他者から強制されているのではない、と感じることが重要であるとしています。
一般的に自己決定理論では、以下の3つの要素が必要とされています。
①選択の感覚……数ある選択肢の中からその行動を選択したのは他ならぬ自分であるという感覚
②行動の自己開始……その行動を始めたのは自分であるという事実
③個人的責任……自分で選択し、自分で開始した行動の責任は自分で取ること
学びでも、先生に用意されたものを与えられるばかりでは、「教え方が悪い」「使っているテキストが悪い」などと他人や環境のせいにして、努力の放棄につながりかねません。目標や学び方を自分で選択して決定することで、生徒自身が自分のこととして捉えることができ、努力が始まるのではないでしょうか。
自己決定感を醸成するためのサポートとしては、以下の4つがあります。
①選択肢の提供……「選択の感覚」を持ってもらうために、選択肢を提供する
②統制の最小化……選択し、開始したのは自分だと思ってもらうために、コントロールを最小化する
③共感……選択した理由や選択の事実に対して共感する
④情報共有……選択理由の獲得や選択結果のチェックなどのために、随時情報を共有する
先生の役割は「教える」ことではなく、「選択を支援する」ことなのです。自己決定に導くサポートを担っているのが、横浜創英の先生たちなのでしょう。
学年を超えて学ぶ学校
横浜創英の新しいカリキュラムは、学びを学校内にとどめることなく、社会とつながることも意識しているそうです。確かに、社会に出れば年齢の異なる人たちと関わっていくわけですから、同年齢の人だけで授業を受ける「小学校~高等学校」という場は、社会とはかけ離れているように思います。
これまで述べてきたように、横浜創英の英語の授業では学年にかかわらず、学び方を選べるようになっています。そこでは自ずと異学年のメンバーと学ぶ環境が生まれます。
確かに、英検2級を持って中学に入学してきた生徒が、文部科学省検定済教科書の順番通り、学習指導要領の順番通りに、中1でアルファベットから学ぶのは時間がもったいないような気がします。反対に、中学1・2年生の教科書内容の理解・定着が不十分な生徒が、中学3年生の教科書で学ぼうとしてもわからないことだらけで、授業は苦痛な時間となり、英語がどんどん嫌いになっていくように思います。
個別最適な学びというと、習熟度別授業や少人数制授業のことと思われがちですが、これらも先生が事前にクラスを分けて指導内容や教材を決めており、生徒一人ひとりが内容を選択しているわけではありません。個別最適な学びのために先生がすべきこととは、生徒が走るためのレールを敷いて整えて走らせることではなく、生徒自身が学び方を自分で選択できる環境を作ることではないでしょうか。
横浜創英では、2025年度からの新カリキュラムで、中高すべての学年で「生徒主体の学び」を推進していくといいます。具体的には前期・後期の2期制にして、半期ごとに単位を認定します。必履修科目はできるだけ高校1年生に置き、自由選択科目を大幅に拡大します。自由選択科目を生徒が主体的に選ぶ中で、学年が混合する科目が生まれてくるという仕組みです。
例えば数学では、必履修科目「数学Ⅰ」の認定を高校1年生の前期で取得できれば、高校1年生の後期から「数学Ⅱ」に入ることが可能です。自分で選択した授業の中で、学年を超えた多様な個性や価値観と触れ合うことで、自己の強みや主体性を育んでいくイメージです。
学校外の学びも単位認定
横浜創英の新しいカリキュラムでは、学校外の学びも単位として認めていく方針です。文部科学省は学外における学修の単位を36まで認めています。これを最大限に利用して、大学や企業など学校外で学ぶことに挑戦しやすくしていくといいます。それが前掲のⒷ実社会とつながる実学を軸とした学び方への転換、Ⓒ課題解決力を会得するための探究型を軸とした学び方への転換の一例です。
2024年6月現在、横浜創英は麻布大学生命・環境科学部、産業能率大学、城西大学、城西国際大学、昭和女子大学、清泉女子大学地球市民学部、法政大学、筑波大学、成城大学の9つの大学と提携しています。例えば、清泉女子大学地球市民学部の探究型の授業で学ぶと、横浜創英がそれを単位として認定します。
提携の大学には、なるべく既存の大学生向けの授業に参加させてほしいと頼んでいるそうです。大学生の集団に高校生というマイノリティーとして参加することで、新たな学びの刺激を受けることを期待しているからです。
大学での学びを単位認定している高校は他にもありますし、特別講座や「総合的な探究の時間」を異学年で学べる学校、学ぶ内容や難易度を細分化している学校、学校行事の運営を生徒に任せている学校はあります。しかし、ここまで幅広く生徒の主体性を尊重し、学びの自由度が高い学校はないように思います。
実学的な学びによって社会に貢献できる人材を育てる
先に紹介した通り、横浜創英の建学の精神は「『考えて行動のできる人』の育成」です。本間朋弘校長は、「具体的に表現すると、生徒の当事者意識を育てながら学びや学校運営を生徒主体に委譲し、実学的な学びによって社会に貢献できる人材を育てること」と言います。そのために《自律》《対話》《創造》という3つのコンピテンシーと9つのスキル*を、すべての教育活動を通して育てていくという考えです。
「伝統的に横浜創英が掲げる建学の精神を最上位目標として、育てたい生徒像を明確にしながら教育活動を行っていく。そのフレームとして、2025年に新しいカリキュラムがスタートするわけです。この教育で、これからの社会を主体的に作っていく人材が生まれていくことが楽しみでなりません」と、本間校長、山本副校長は口をそろえて話していました。
*コンピテンシー:仕事で成果を出す人に共通する行動特性のこと。9つのスキル:3つのコンピテンシーを会得するために、卒業までに生徒に身につけてもらいたい具体的な力。
後編では、勉強が「教わるもの」から「自ら学び取るもの」へと変換している世界の動きについて見ていきたいと思います。