データサイエンス学部・学科の新設ラッシュ
2017年に滋賀大学で、日本初の「データサイエンス学部」が設置され、翌2018年に横浜市立大学が続きました。近年「データサイエンス」の名称がついている学部・学科を新設・改組した大学に絞って挙げてみると、下表のようになります。また、2026年度以降もいくつかの大学で構想されていることがわかります。
データサイエンス学部で何を学ぶのか
「データサイエンス学部」とは、どのような学部なのでしょうか。一言でいうならば、デジタルデータ活用に向けて「データ処理などの理系的な要素」と「人や社会のニーズを理解する文系的な要素」を学び、データから新しい価値を見つけたり創造したりすることを学ぶ学部です。
具体的にはⒶ数学・統計学・機械学習といった数学・情報学の知識(データ分析)、ⒷプログラミングといったITエンジニアリングのスキル(データ処理)、Ⓒビジネス知識を活用し、データ分析や解析を行い、社会に有益な結論や知見を引き出し、意思決定に役立てるスキルなどを学びます。
データサイエンスを学ぶことで、さまざまな場面において「データを正確に理解」し、「物事を科学的に判断」する力を身につけ、説得力のある説明」ができるようになるでしょう。
なぜデータサイエンス学部が増えているのか
日本の未来社会を表す言葉に「Society 5.0」があります。Society 5.0とは、狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く新たな社会のことです。第5期科学技術基本計画(2016年1月22日閣議決定)において「サイバー空間とフィジカル空間(現実世界)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会」と表現されています。
Society 5.0の実現によって、IoT(Internet of Things:モノのインターネット)で得られたビッグデータを分析し、AIによって最適な解を導き出し、さまざまな社会課題の解決に役立て、人々がより幸福な生活を送れるようになると期待されています。
ビジネスの世界では、ビッグデータに基づいた的確でスピーディーな判断や意思決定が求められるようになってきています。さらに、データを用いて社会に有益な知見を引き出し、より良い商品やサービスを生み出し、多くの人々にとって幸せな社会を作っていこうという流れがあります。これからの時代は、誰もやっていないことや誰も解決できていない困りごとを見つけ、深く考えて、それを解決することこそが新しい価値を生み出す力だといえましょう。
デジタル人材/データサイエンティストの急速な需要増と供給不足
DXの急速な推進により、多くの企業が必要としているのが「データサイエンティスト」です。データサイエンティストとは、複雑で膨大な「ビッグデータ」を分析し、ビジネスに活用できる知見・情報を引き出し、ビジネス上の課題解決にコミットする専門家のことです。
日本ではデータサイエンスを専門的に学べる教育機関が少なく、データサイエンティスト人材の育成が追いついていません。また、データサイエンティストという職種が比較的新しいものであるため、実務経験を持つ人が少ないのが現状です。
経済産業省 商務情報政策局 情報処理振興課は「IT人材の不足は、2030年には約79万人に拡大する」と予測しており、今後ますます深刻化すると考えられています。このIT関連人材の中にはデータサイエンティストも含まれます。また、情報処理推進機構(IPA)は「日本では、DX推進人材の質・量の両側面において圧倒的に不足している」との調査結果を発表しています。このように、社会からの需要が拡大しているのに供給が追いついていないのが現状なのです。
政府は若い世代の東京一極集中を抑制する目的で、東京23区内の大学の定員増を制限していましたが、2023年「情報系の学部・学科に限って例外」としました。また、理工農分野の学部・学科について、学部再編等に必要な経費として20億円程度を最長10年まで定率補助する基金(「大学・高専機能強化支援事業」)を設立し、2023年、2024年と連続して支援校を選定・公表しています。この支援校の「情報系の学部」「理工農分野の学部」にデータサイエンス学部が含まれてます。このように見ていくと、データサイエンス学部の増加は国策といってよいでしょう。
データサイエンスはパソコンばかりやっている?
前述したように、データサイエンスは、データから新しい価値を見つけるための学問です。そのためには、まずは自ら課題が何であるかを考えたり発見したりすることが大切です。
課題発見からデータを分析し、課題解決のための有益な結論を導き出すには、大まかに以下のプロセスに分解できると思います。
㋐達成したい目的を明確にする
㋑目的を達成するために必要な課題を洗い出す
㋒課題が生じる要因を仮説立てる
㋓仮説を実証するためのデータを収集する
㋔収集したデータを分析する
㋕目的から分析結果までが一貫しているか振り返る
㋖システムを作ったり、組織の構成員を巻き込んだりして実行する
㋗検証する
「データサイエンス学部で何を学ぶのか」ですでに触れたように、データサイエンスでは、まず自ら課題を発見したり、設定したりした課題を解決する取り組みを行います。したがって、【課題発見】が最初のステップとなります。何か困ったことがあった場合に「解決策を習っていないから」「マニュアルに書いていないから」とすぐに諦めてしまう人には、【課題発見】が最初にあることに違和感があるかもしれません。
一方で、自然に【課題発見】に向かう人もいます。「困っている原因は何だろう」「もっと便利にならないだろうか」と考え、課題が生じている原因について仮説を立て、仮説を検証しようと考える人です。目の前にある課題には正解がないかもしれませんし、正解がひとつではないかもしれません。そのような課題に対しても自分なりの答えを出していくことに興味や関心を持つ人にとっては、データサイエンスは魅力的な学問であると思います。
次に、データサイエンスには上記㋓㋔のように、データ分析が必須です。ビジネス上の例でいえば、勘や経験による意思決定ではなく、さまざまな社会的場面で収集される膨大なデータ(ビッグデータ)を分析することで得られた知見による、意思決定という点がポイントだといえます。そうなると㋓㋔は非常に重要であり、なくてはならないものです。
分析が必須であるがゆえに、データサイエンスというと、パソコンに向かって黙々と作業するという印象を持つ方もいらっしゃるかもしれません。しかしプロセス全体をよく見ると、それは一面でしかないことがわかります。
課題を発見・整理し、仮説を立て、ほかの人を巻き込んで実行するには、さまざまな人とのコミュニケーションが必要ですし、現場での調査なども欠かせません。黙々と個人ワークを行うことはありますが、グループで議論・討論する時間も少なくありません。実際、多くのデータサイエンス学部では、企業や自治体などとの協働により、学生教育と社会を連携した研究・教育を推進しているのです。
データサイエンス学部を選ぶうえでの4つの注意点
データサイエンスを学べる大学を選ぶうえでの注意点を4つ挙げます。
①大学によって重点を置く学問内容が異なる
②「データサイエンス×〇〇」といった掛け合わせの分野がさまざまにある
③「データサイエンス学部」を名乗っていない大学もある
④全学部生がデータサイエンスを学べる大学もある
①大学によって重点を置く学問内容が異なる
データサイエンスはⒶ数学・統計学・機械学習といった数学・情報学の知識と、ⒷプログラミングといったITエンジニアリングのスキルと、©組織や業務に関するビジネス知識を活用して、莫大なデータの分析や解析を行い、新たな科学的および社会に有益な結論や知見を引き出し、意思決定に役立てる――この3点を融合した学問だと前に書きました。
とはいえ、データサイエンス学部といっても、大学によって重点を置いているポイントが異なります。同じ大学で重点をⒶに置く学部とⒸに置く学部を設置していることもありますので、受験生はⒶⒷⒸのどれを主に学びたいのかを考えて、大学選びをすることをお勧めします。
「データサイエンス」学科やコース、専攻がどの学部の中に設置されているのかに注目するのもひとつの方法です。理学部(山形大学)、工学部(岡山大学)、理工学部(佐賀大学)、情報学部(群馬大学)、情報工学部(九州工業大学)、経営学部(宇都宮大学)、国際経済学部(新潟県立大学)、社会学部(立教大学)など、学部はさまざまなのです。
②「データサイエンス×〇〇」といった掛け合わせの分野がさまざまにある
現代は世の中のあらゆる業界でさまざまなデータを収集していますから、例えば「医療」×データサイエンス、「薬学」×データサイエンス、「栄養」×データサイエンス、「農業」×データサイエンス、「園芸」×データサイエンス、「気象」×データサイエンスなど、データサイエンスはあらゆる分野で必要とされています。
本記事の最初に示した大学一覧をもう一度ご覧ください。「データサイエンス学部」だけでなく、「データサイエンス学科」もあるのがわかります。データサイエンス学科は、理学部や理工学部、情報学部、経済・経営学部だけではなく、食物栄養系や健康系の学部など、さまざまな学部の中に設置されているのです。データサイエンスという名称は同じでも、大学によって「〇〇」×データサイエンスの〇〇に入る学問系統は異なります。
「受験生自身が強く関心を持ち、より深く学びたい〇〇とは何か」をよく考えて、大学HPやオープンキャンパス等で確認することが重要です。
③「データサイエンス学部」を名乗っていない大学もある
大学受験生・保護者の間でもデータサイエンスへの注目が高まっていて、進学先として検討する人も増えてきているように思います。学びたい学問から大学探しをする際に気をつけたいのは、「データサイエンス学部」「データサイエンス学科」という名称がついていなくても、データサイエンスを学べる大学もあるということです。
例えば、東京大学や北海道大学、東北大学の工学部、東京工業大学(2024年10月から東京科学大学)情報理工学院、名古屋大学情報学部、電気通信大学情報理工学域、横浜国立大学経営学部や経済学部のDSEP、慶應義塾大学理工学部や総合政策学部・環境情報学部、明治大学総合数理学部、同志社大学文化情報学部、立命館大学情報理工学部、東京理科大学では経営学部ビジネスエコノミクス学科と工学部情報工学科で、専修大学ではネットワーク情報学部で学ぶことができます。
大学HPなどで教員の専門分野を調べてみると、「データサイエンス」の名称がついていなくても、データサイエンスを学べる研究室を持つ大学があることがわかります。学部・学科名だけで判断するのではなく、カリキュラムやプログラムが用意されているか、どのような研究をしている教員が指導しているのかを確認すると、大学選びの幅が広がるでしょう。
とはいえ、受験生や保護者が独力で調べるのは、労力のかかることです。志望校選びに困ったら、学校や塾などの先生に質問してみるとよいでしょう。
④全学部生がデータサイエンスを学べる大学もある
今後、データサイエンスは最低限のビジネススキルとなっていくのではないかと思います。文部科学省は、デジタル時代に必要な「数理・データサイエンス・AI」の知識とスキルを身につけるための教育プログラムを認定する制度「MDASH」を始めました。
この制度では、2つのレベルを認定しています。デジタル社会の基礎的な素養としての、初級レベルの数理・データサイエンス・AIを習得することを目指す「リテラシーレベル」と、自らの専門分野において、数理・データサイエンス・AI教育を応用・活用することができる応用基礎力の習得を目指す「応用基礎レベル」です。
特定の学部の学生が対象のプログラムを用意している大学と、どの学部の学生でも受講できる大学の2パターンがあります。例えば、早稲田大学、上智大学、明治大学、青山学院大学、中央大学、法政大学、学習院大学などは、どの学部の学生でも受講可能です。詳しくは、文部科学省の「認定・選定校一覧」で参照することができます。
このほかにも、東京都立大学のように主専攻(各学部・各学科)に加えて、データサイエンスを副専攻として学べる大学もあります(東京都立大学の場合、卒業時に副専攻コース修了証書が授与されます)。受験生・保護者の大学選びのひとつの参考項目として、チェックしておくのもよいでしょう。
データサイエンス学部の入学試験科目や配点はさまざま
力を入れて学ぶ内容が、大学によって異なると説明しましたが、それは入学試験で課される科目や配点にも表れています。入学試験は「この教科・科目をしっかり勉強してきてほしい」という、大学から受験生へのメッセージなのです。入学試験科目は、①文系・理系のどちらからでも受験できる、②理系型入試のみ、③文系型入試のみと、大学によってさまざまです。
一橋大学は2023年にソーシャル・データサイエンス学部を開設しました。商学部、法学部、社会学部、経済学部といった文系学部で構成されている一橋大学ですが、新設のソーシャル・データサイエンス学部は理系受験生も想定した入試科目・配点となっていました。
前期個別試験の数学の問題は、数学Ⅲを含まない、いわゆる文系数学の範囲でした。一方、後期個別試験では数学Ⅲまで出題されましたが、数学Ⅲを学習していない文系受験者が不利にならないように、選択問題形式を採っていました。前後期とも数学の配点が大きいことが特徴で、実際、初のソーシャル・データサイエンス学部の入学者は、大学受験で理系だった人のほうが多かったようです。
2025年度の入試でも同様に、理系受験生も想定した入試科目・配点になっています。個別試験の数学は前期が文系数学、後期は数学Ⅲまでの出題ですが、文系受験者が不利にならないように、選択問題形式を採るようです。
これに対して、千葉大学情報・データサイエンス学部の2025年度の出題科目・配点は下記のようになっており、英語、理科(個別試験は物理200点+化学100点)、数学(個別試験は数学Ⅲを含む、いわゆる理系数学)の配点です。
では、私立大学はどうでしょうか。関西大学が2025年4月に開設予定のビジネスデータサイエンス学部は、全学日程3科目型では英語200点、国語150点、選択科目(地歴公民・数学から1科)100点、全学日程2科目型では英語・数学とも各200点(数学はいずれも数学Ⅲを含まない、いわゆる文系数学)で受験できます。
一方、中央大学理工学部ビジネスデータサイエンス学科の一般入試は、英語100点、理科1科目100点、数学(数学Ⅲを含む、いわゆる理系数学)100点となっています。関西大学と同じ「ビジネスデータサイエンス」という名称ですが、試験科目がまったく異なるのです。受験生・保護者はどの大学がどのような入学試験を課しているのか、配点ウエイトはどのようになっているのか、各大学の入試要項や入試ガイドをチェックしておきましょう。
おわりに
データサイエンスの習得は、専門学部・学科で学ばない人にとっても、今後の社会を生き抜くうえで必須となるでしょう。大学でデータサイエンスを学ぶには、数学や情報がすべてではありませんが、基礎知識や基礎技能はしっかり身につけておく必要があります。高校生の皆さんは「文系だから数学はあまり勉強しなくてよい」「情報は入試に出題されないからやらなくてよい」と考えず、「必ず将来に役立つ知識・技能の基礎を学んでいるのだ」という意識を持って、普段の学習に取り組んでもらいたいと願っています。
今回は主に、大学の動きについて記しました。別の機会に、高校での動きについて紹介したいと思います。
参考文献
2016年1月22日閣議決定 「第5期科学技術基本計画」、経済産業省 商務情報政策局 情報処理振興課「IT分野について」、経済産業省 商務情報政策局 情報技術利用促進課「第四次産業革命スキル習得講座認定制度の再整理・拡充について」、内閣府・文部科学省「特定地域内学部収容定員の抑制等に関する命令の一部を改正する命令の施行について」、文部科学省「成長分野をけん引する大学・高専の機能強化に向けた基金による継続的支援」、文部科学省「認定・選定校一覧」