あまりにも早すぎる財源論

 震災・復興の議論で気になるのは、復興の財源論があまりにも早々と議論されていることである。

 私自身、復興財源は所得・法人税の付加税で、という主張を行っているが、議論のタイミングは、復興のためのプランが出来上がり、被災地域への様々な支援制度、空洞化を避けアジアからの資金を呼び込むための税制支援特区を作るなど、民間資金が採算をとりやすく、投資しやすい環境整備の内容が固まってからで十分ではないか。また、増税のタイミングも、復興需要が出始めてからで遅くない。

 例えて言えば、「ランチのメニューが決まってから、請求書が出される」必要があるのに、いまだ、「メニューの決まらない段階で、請求書の議論が始まった」そういう印象を受ける。

財源論の背景にある政治的思惑

 財源論が、急速なスピードで議論の俎上に上がってきた背景には、もちろん政府側に、財政悪化への懸念があることは言うまでもないが、それだけではない。背景には、経済政策や財政運営を巡る姿勢の違いを浮き立たせ、それを政治的に活用しようという、それぞれのグループの思惑がある。

 増税を行うべきか、それとも国債発行(埋蔵金の取り崩しも含む)で調達し、増税は行わないのかという2つの見解は、6月をめどに政府で検討が進んでいる、社会保障・税一体改革とも連動するもので、意見対立の根は深い。そして、それが2大政党の分かれ目になるのではないか、というより、そのことをめぐって2大政党に分かれるべきだと考える。

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増税派と国債発行派の基本にある考え

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