広告代理店の営業は、クライアントの置かれた状況を分析し、そこに対して最適な広告プランを提案し、クライアントから受注したプラン通りの広告を制作し、媒体に載せる仕事だ。だから今回の法案では、亡くなった電通社員も裁量労働者になってしまう。

 そもそも裁量労働とは、プログラマーがいる一部の職場のように、能率がよい社員が定時に帰り、能率が悪い社員がだらだらと残業をするような職場環境を是正するために導入されたものだ。ITエンジニアの世界で、能力が低い社員の方が残業と収入が増えるのは悪い労働環境だ、と言われるのはわかる話だ。これでは日本のIT競争力が下がってしまうという議論が起き、裁量労働制が導入されたのは理解できる。

 しかし、一部の広告営業もそうかもしれないが、お客の発言力が強くて逆らえない一方、上司が理不尽な仕事を要求してくるような職場は、世の中に少なくないはずだ。そうした現状を精査せず裁量労働制を導入するような法案を、厚労省がなぜ働き方改革の柱の1つと考えているのかは理解できない。

本当に企業の生産性は上がる?
成長戦略の部品となった働き方改革

 私は、過去のコンサルティング・プロジェクトで関わってきた経緯もあり、こうした問題はよくわかっているつもりだが、裁量労働制を導入して生産性が上がり、従業員が早く帰れるようになりそうな業務はそれほど多くはない。広告営業、不動産営業といった提案営業の分野では、むしろ労働時間は悪化する。ITの分野でも、プロダクト営業にとって裁量労働は、同様によくない仕組みだ。

 公正を期すために申し上げておくと、電通社内では女性社員過労自殺事件をかなり重く受け止めており、経営幹部は真剣に改革に取り組んでいる。この点はきちんと評価すべきことだと私は考えている。

 しかし、厚生労働省の中ではこの事件はもう風化しているように感じる。働き方改革は関連法案の中で、日本の生産性を上げるための柱として提案されている。しかしその実は、企業に対する「ムチ」として残業時間の上限規制や同一労働同一賃金が唱えられる一方、それを緩和するための「アメ」として高度プロフェッショナル制度や裁量労働制の拡大が盛り込まれているのが実情だ。

 つまり冒頭で述べた「なぜ働き方改革が胡散臭く思えるのか」という理由は、働き方改革が企業の手を離れ、労働者の労働環境の改革ではなく、国の成長戦略の一部品になってしまったからなのだ。

(百年コンサルティング代表 鈴木貴博)

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