安ホテルと言ったが、日本では名の知れた一流ホテルだ。

「どうも貴国の総理は事の重大性を認識していないようだ。大統領は具体的な提案を期待していたんだが」

「例えば――」

 森嶋は国務長官を見据えた。

「それを聞きたかったのです。しかし総理は、対処はしているとのくりかえしばかりでした」

「それ以上、なにを言えというのです。これ以上を望むと内政干渉になります」

「森嶋さん、あなたも、事態を甘く考えているようだ。いったい、アメリカでなにを学んだのです。2年間の留学で」

「アメリカ国民の愛国心の強さを学びました。それと、アメリカ人の意識です。世界はアメリカ中心に回っている」

 ロバートは声を上げて笑い、国務長官は苦笑いをしている。

「アメリカは世界の安定を望んでいるのです。現在は特に経済のね。そのために私は世界を巡っている」

「自国の利益は考えず、ということですか」

 国務長官は答えず森嶋を見つめている。

「私もあなた方が託してくれたレポートの重要性は認識し、感謝しています。しかし、以後は我が国の問題です。他国の干渉は受けたくない」

 森嶋はきっぱりとした口調で言い切った。

「アメリカは日本発の世界恐慌を恐れている。それを回避するためには、あらゆる手段を講じます」

 今度は国務長官が強い口調で言った。

「それは日本も同じです。私は一介の官僚にすぎないが、国を思う気持ちはあなたがたと変わりません。願わくば、協力してこれからの危機に対処していきたい」

 森嶋は立ち上がった。

 ロバートが何か言いたそうに口を開きかけたが何も言わなかった。

  森嶋は黒服の横を通り、ドアのノブに手をかけた。

 黒服は指示を待つように国務長官に視線を向けている。

「私はアメリカで多くのことを学んだ。その中の一つを生かすことを提案してみる。これで少しは安心したか、ロバート」

 森嶋はロバートの反応を確かめることなく、ドアを開けて廊下に出た。