アメリカ合衆国大統領のリチャード・アンダーソンは、同国のシンクタンクが作成したレポートを読み衝撃を受ける。「首都直下型地震により日本に100兆円を超す経済損失が生じる。日本発の経済危機は世界中に広がり、1929年の世界大恐慌の悪夢が再来。その確率は80パーセント以上」――。大統領はそのレポートを日本政府に届けるため、側近のロバート・マッカラムを日本に派遣する。
同じ頃、東都大学理学部地震研究所の高脇健一准教授も「マグニチュード8を超える東京直下型地震が5年以内に90パーセントの確率で起こる」という調査データを得ていた。しかし、地震研究所所長はデータの公開を先送りにするという。 危機感にかられた高脇は、高校時代のクラスメートで国土交通省キャリア官僚の森嶋真に相談。データを渡された森嶋は、上司の山根課長補佐に相談するが、山根は真剣に取り合おうとしない。
来日したロバートは、旧友の森嶋に電話し、総理との懇談の席の通訳をするよう依頼する。懇談が終わり出国するロバートを成田まで見送りに来た森嶋は、そこで偶然、知り合いの東京経済新聞記者の野田理紗に合う。理沙は森嶋と一緒にいたアメリカ人が誰だか探ろうとするが、森嶋は答えない。
能田総理と主な閣僚たちは、ロバートから手渡された極秘レポートと地震研究所の調査データの二つのレポートを読むが、これといった対応策は思い浮かばなかった。 迫りくる危機に対して、日本政府はどう対応するつもりなのか。その答えを探るためハドソン国務長官が来日し、能田総理と会談する。国務長官は総理に回答をしつこく迫るが、総理はその質問はねつける。
第一章
6
会談は30分ほどで終わった。
急きょ決まった非公式なものなので、マスコミには世界経済に対する日米の意思確認程度に思われている。政府もあえて否定しなかった。
ハドソン国務長官とロバートは、そのままホテルに帰って行った。
送って行こうと言うロバートの言葉を断わって、森嶋は総理官邸から歩いて国交省まで帰った。
森嶋は部屋中の視線を意識しながら自分のデスクに戻った。
上司の山根も何も言わない。会談の内容や様子は、すでに報告されているのだろう。
ここ数時間の出来事を思い出そうとしたが、断片的な記憶しか浮かんでこない。意識している以上に緊張していたのだ。
「レポート は、いずれマスコミに漏れます。ヘッジファンドも格付け会社も動き出すでしょう。為替、株価、国債に影響が出ます。それまでに有効な手段をとっておかないと、マスコミが書きたてるだけで世界経済の破綻の引き金になります」
国務長官の言葉が頭に浮かんだ。地震は回避できない。では、「有効な手段」とは何なのだ。
ロバートが自分を見つめる目を思い出した。彼は何を言いたいのだ。