クソッタレな自分の人生に毒づいているのか、クソッタレな世の中に対する恨みなのか、それともその両方なのか、いずれであるにせよセリフをつけるとすれば、
「クソッタレ!」
以外にあり得ない。
ベンチから立ち上がった男はかなり上背があった。ゆらゆらと上体をゆすりながら、公園の出口の方へ歩いていく。
声をかけて話を聞くべきか……。
まだ肚が据わり切っていなかった私は、丼を掻き込んでから公園の出口に向かった。左右を見回したが、男の姿はすでになかった。
幅わずか200メートル、奥行き300メートルほどの長方形の中に120軒ものドヤが櫛比し、6000人を超える人間が“宿泊”する寿地区。宿泊者の大半は単身の男性であり、その半数以上が高齢者だという。
この蟻塚が林立するようなドヤ街の中にもぐり込まれてしまったら、行方は杳としてわからない。あの黒ゾッキの男に会うことは、もう二度とできないだろう。
ドヤに入る
数日後、寿町ではちょっと名の知れた扇荘新館の帳場さん(簡易宿泊所の管理人)、岡本相大の手引きでようやくドヤの住人の話が聞けることになった。
住人の名前は大久保勝則。昭和19年1月の生まれだから、満で72歳になる。岡本に部屋番号を教えてもらい、ビジネスホテルと見紛うばかりの小奇麗なエントランスに恐る恐る足を踏み入れてみると、そこは意外にも清浄な空間だった。あの臭いもドヤの内部までは追ってこない。
エレベーターで6階まで上がったが、乗り降りする女性が多いことにも驚かされた。ドヤの内部ではヘルパーの女性がたくさん働いているのだ。エレベーターの中で、知り合いのヘルパー同士が屈託なく笑い合っている。足を踏み入れるのに勇気を振り絞った自分が馬鹿馬鹿しく思えるほど、ドヤの内部はあっけらかんと明るい。
部屋番号の記された白い引き戸をノックすると、野太い、しわがれた声で返事があった。白髪を短く刈り込んだ大久保が、ベージュ色のベストを着込んでベッドのへりに腰をかけていた。
小柄だが、胸の前で組んだ両腕が太い。
「俺は一日中この部屋にいて、何もすることがないんだからさ、時間は気にしなくていいよ」
ベッドは四畳ほどの部屋の長辺に沿って置いてあり、ベッドの脇にキャスターのついた幅30センチほどの細長いテーブルがひとつ。病院でよく見かける、ベッドとテーブルのセットと同じである。
入って左手には白いカラーボックスがあり、最上段に衣類、上段に小型の液晶テレビ、中段に小物と調味料と薬、下段に靴。カラーボックスの左に小型の冷蔵庫。入って右手には、プラスチックの衣装ケースが四段ほど積んである。
「脳梗塞をやって、杖がないと歩けないからほとんど外出しないんだ」



