進次郎の国会質問前に
元農相が「トーンを落としてね」
小泉が受けた圧力の具体的な話に入る前に、中川と西川の親密な関係をおさらいしておこう。西川は、JAグループ京都が関わる海外晩餐会に16年度以降4回連続で招待されるなど、中川が最も親しい国会議員の一人だ(詳細は本連載#20『農業版「桜を見る会」の実態、ベルサイユ宮殿などで晩餐会に“国費私物化”批判は免れず』参照)。
産地偽装疑惑の記事が公開された当時、西川は畜産業の全国団体である中央畜産会の会長の座を農林族のライバルだった森山裕と争っていた。両者とも譲らず、同会長ポストが空席となる異例の事態になっていたが、この人事抗争で、西川を後方から支援していたのが中川だった。
牧によれば、産地偽装疑惑の記事公開後、西川は記事が根拠にしていた「安定同位体比に基づく産地判別」という検査手法が未確立だとする資料を国会図書館で収集し、牧らに提供した。つまり当初からJA京都中央会に肩入れしていたのだ(ちなみに、JA京都中央会などが裁判所に提出した資料は年次が古く、安定同位体比に基づく産地判別が信頼に足る検査手法として確立する前の時代のものだったため、有効な証拠として認められることはなかった)。
その西川が、国会で質疑に立つ直前の小泉に圧力をかけたのだ。
実は、筆者もその現場にいたのだが、記者席は国会議員らから遠く2人の会話までは聞こえなかった。その内容を筆者が知ったのは今城の“肉声”によってだった。今城が17年7月に農水省を退官してから半年後、京都市内で牧と会食した際、西川と小泉の会話や京山への立ち入り検査が実施されるまでの経緯などを漏らしたのだ。
その会食の一部始終は牧らによって無断で録音されていた。JA京都中央会はその音声データをダイヤモンド社との訴訟の証拠資料として提出するという常識外れの訴訟戦略に打って出たのだ。
今城は立ち入り検査の指揮官だったにもかかわらず、検査を受けた京山の関係者である牧に(牧は以前、京山の役員を務めていた)、筆者が記事の掲載後に農水省事務次官の奥原正明と面会していたことや、奥原が立ち入り検査を指示した経緯などをリークした。筆者が奥原と会っていたことは、牧との会食以前に、牧の上司である中川にはすでに“ご注進”していた。
農林水産委員会での西川の圧力について、今城は、牧に次のように明かした。
「西川さんが、ぐるぐると(質疑に立つ前の)小泉さんのところへ歩いて来て、小泉さんに、『まあ、ちょっとトーンを落としてね』と言うのが、私は真後ろに座ってますから距離50センチぐらいしかないので聞こえた。それで、ちょっと(小泉の質問のトーンが前日より)落ちたんです」
今城はその前日、小泉に呼ばれてコメの産地偽装の実態や、記事が根拠にしていた安定同位体比に基づく産地判別を実施した同位体研究所について聞かれていた。今城によれば、「最初(小泉)は(中国産米が混入していたと)決め付けるようだった」が、西川の圧力によって、「前の勢いよりはだいぶ(トーンが)落ちて、『ちゃんと調べてください』みたいなトーンになった」のだという。
西川は当時、「全ての政策は西川の了解がないと前に進まない」(農水省幹部)というほどに農政を牛耳っていた。西川が今城に直接、立ち入り検査で手心を加えるように指示したのかどうかは不明だが、「50センチ」の至近距離で、今城に聞こえるように小泉に圧力をかけたことの意味は小さくなかっただろう。
消費・安全局長が酒場で漏らした本音
行政検査は“シロ”の結論ありきの疑い
ところで、JA京都中央会が無断で録音した音声データを裁判所に提出した狙いは、今城が同位体研究所の産地判別の信ぴょう性を疑う発言をしたことを示すためだった。
だが、裁判所はそれを有効な証拠として採用しなかった。本人の同意なく録音されており、今城自身が自分の発言と認めていなかったことや、今城が京都市に招待され、JA京都中央会が予約したフランス料理のレストランで、酒に酔った状態で話した内容であったためとみられる。
JA京都中央会が録音場所を「レストラン」ではなく、JA京都中央会などが入居するオフィスビルである「JA会館」だと偽っていたことも裁判官の心象を悪くしたのかもしれない(JA京都中央会などはダイヤモンド社の指摘を受けて、録音場所の誤りを訂正した)。
酒席での会話には、JA京都中央会の意図とは逆に、今城が同位体研究所の産地判別について誤った認識を持ち、「京山はシロ」という偏見を持って立ち入り検査を指揮していたのではと疑わせる内容が含まれている。
今城は、コメ10粒中6粒が中国産であるとした同位体研究所の産地判別について「普通の人が記事を読んだら10粒中6粒といったら、全部一粒一粒分かるんだなというふうに思いますよね。あれはひどいなと思った。全体の確率が何割かっていうのと、10粒中6粒っていうのは全然違いますからね」と述べている。
これは基本的な事実認識を欠いた発言だ。同位体研究所の産地判別の特徴はまさに「一粒一粒の産地が分かる」ことにあるからだ。これに対して当時の競合他社の産地判別は、コメをまとめてすりつぶして外国産の確率が何割かという結果の出し方をするものだった。つまり今城は同位体研究所の産地判別と、それ以外の機関による精度の低い産地判別とを混同していた可能性があるのだ。
また、今城は立ち入り検査を始めた17年2月10日の直後に、農水省が管理する国家貿易による中国産米の輸入がしばらくなかったことを知り、「そしたら、(偽装は)ないだろう」「申し訳ないけど、いくら調べてもね、とは思ってた」「混ぜるもんがないのにどうやって混ぜるねん」と判断していたとも語っている。これでは、先入観を持って検査に当たっていたと疑われても仕方がない。
国家貿易による中国産米の輸入が13年度以降3年余りにわたってなかった点は、裁判でもJAグループ京都側が主張したが、裁判所から退けられている。中国産米は国家貿易の枠組みだけではなく、民間貿易でも輸入できる。実際に、財務省の貿易統計によれば14〜16年にも毎年、中国産米が日本に輸入されていた。
JAグループ京都の報告書で判明
京山は農水省の検査官を追い返していた
農水省が立ち入り検査で「外国産米の混入が疑われるような点は確認されなかった」と発表したのは17年6月27日のことだった。
JAグループ京都は同日、「京山の潔白が証明された」と高らかに宣言したが、農水省の発表は、京山が産地偽装を行ったかどうかを明らかにするものではなかった。農水省の認識は、「京山が“潔白”とまでは言っていない。記事をきっかけに検査をしたが、検査結果と記事の正誤とは別だ」(消費・安全局消費者行政・食育課)というものだった。
同省の検査は京山と取引業者との伝票の突き合わせや聞き取りなどで、仕入量と販売量に矛盾がないかを調べるものだった。
しかし、農水省は全ての記録を確認できたわけではなかった。京山の販売先の一部は廃業していたからだ。
検査の権限にも限界があった。検査は米トレーサビリティ法に基づくもので「強制捜査権がない。忙しいと言われれば日を改める。警察のように問答無用で証拠資料を押収することもできない。相手の協力が前提となる」(同課)。
京山は当初から、「全面的に(農水省の)調査に協力しております」とアピールしていた。
ところが、である。京山の対応は決して協力的とはいえなかった。JA京都中央会が国会議員に配布した報告書によれば、京山は3月17日、京都府舞鶴市の支店を訪れた農水省職員に対して「録音してから協力する」と応酬した。すると農水省職員が「検査せずに帰った」と誇らしげに報告書に記されているのだ。農水省は「録音されれば公表されかねない。検査の手の内が広く知られてはまずいので当日は撤収した」(別の同省幹部)という。
舞鶴市にある京山の京都北支店。立ち入り検査に訪れた農水省職員に対して、録音を検査受け入れの条件として突き付けた Photo by H.S.
京山による農水省への抵抗はこれだけではない。3月31日には、当時の農相、山本有二と事務次官の奥原に検査結果を1週間以内に発表することを要求。対応しなければ「法的手続きを取ることがある」という文書を送っている。早く検査を打ち切れと圧力をかけているのだ。
京山は国会議員に配布した報告書で農水省の検査官の名刺や提出を求められた資料を“公開”した Photo by H.S.
前述の今城の発言を踏まえれば、農水省は、実態を解明しようとする「奥原派」と、JA京都中央会や西川の考えに近い「今城派」に分裂していた可能性が高い。
実際に、京山は国を相手取った損害賠償請求訴訟で、奥原と今城の証人尋問を行うよう裁判所に求めていた。京山は証人尋問で証明したいポイントとして、(1)農水省の立ち入り検査の早期公表に奥原が反対したこと、(2)今城が奥原の反対を押し切って立ち入り検査の結果を公表したこと――を挙げていた。
(1)(2)が事実だとすれば、農水省の事務方トップである奥原が立ち入り検査の結果公表に反対したのに、担当部局のトップである今城がそれを押し切って公表したということになる。
今城が農水省を退官したのは立ち入り検査の結果公表から13日後の7月10日だった。結果公表と退官の間に因果関係があったのかどうかは定かではないが、次官候補のエースと目されていた今城の早過ぎる退官がさまざまな臆測を呼んだのは事実だった。
全ては農水次官と筆者が
仕組んだという「陰謀説」
ダイヤモンド社との裁判を通じてJA京都中央会がこだわったのが、京山に産地偽装の疑いがあるとの情報を筆者に伝えたのが奥原だったという「陰謀説」だ。
京山のコメを検査したきっかけは米卸業界関係者からの情報提供だったので、奥原陰謀説はまったくの事実無根である。そう何度説明しても、JA京都中央会は奥原陰謀説に拘泥し続けた。
筆者が裁判で証人尋問を受けた際も、中川の長男で弁護士の中川泰臣から次のように真顔で問いただされた。
泰臣 京山がJAグループ京都の米卸だというのは誰から聞いたんですか。
筆者 帝国データバンクの情報で調べました。
泰臣 奥原さんから聞いたんじゃないんですか。
筆者 違います。
泰臣 奥原さんとはお知り合いですよね。
筆者 一取材相手です。
泰臣 同位体研究所も、奥原さんに勧められたんじゃないんですか。
筆者 それはありません。
以上は19年6月のことだが、18年1月に行われた牧と今城との会食においてもJA京都中央会は次のように陰謀説の裏取りを試みている。
牧 そうですか。ほな、いまの話(国会で西川から圧力を受ける前、小泉は、京山が販売したコメに中国産米が混入していたと決め付けるようだったという話)を聞くと、奥原さんも小泉さんもどっちかというたら千本木(筆者のこと)と話ができとるような感じですね。
今城 いや、僕はそこがね、直接聞いてないから分からないんだけど、(奥原から最初に産地偽装疑惑の)記事をもらったときには、同位体研究所はかなりしっかりしたところだからという言い方をしてましたけどね。3階の方は(筆者注:「3階の方」というのは農水省内の隠語で、事務次官を意味する。次官の執務室が本省庁舎の3階にあるためそう呼ぶ)。
牧 ああ、3階の人……。
京山は、ダイヤモンド社だけでなく国を相手取った裁判を起こしていたのだが、その裁判資料では、「奥原」と名指しこそしていないが以下のような陰謀説を展開している。
「小泉進次郎は農協改革を巡ってJAグループ京都とあつれきを生じていたことから、本件の産地偽装疑惑を奇貨として、同グループを批判・攻撃することを目的として原告(京山)が2月13日に掲載した文書(前述の『農水省に調査を依頼しており、いずれ事実が明らかになる』とした文言)に対する反駁・弾劾を内容とする質問を(国会で)したことが明らかである。もっとも本件のようなことは小泉や千本木が画策できるようなものではなく、その背後で両名を操った人物がいるはずである。すなわち、千本木に対して、原告がJAグループ京都の米卸であることを教えて、同社の販売する袋入り精米コシヒカリについて同位体研究所で検査を実施するように指示し、小泉に対して、検査結果が確実であるかのごとく伝えて、JAグループ京都を農林水産委員会で批判・攻撃するようにあおった人物である。それは安倍政権が当時進めた農協改革を巡ってJAグループ京都と対立する立場にあり、農協改革について小泉と協働し、千本木とも関係があった人物以外に考えられない」
以上は、相当たくましい想像力がなければひねり出せない陰謀説だ(筆者が京山を知ってコメを入手し、同位体研究所という検査機関から産地判別の報告書を得て、記事を書くに至った経緯は本連載#21『JA報道巡る「農協界のドンvsダイヤモンド」の内幕、前哨戦は訴訟示唆の抗議文』参照)。
その上この陰謀説は、京山が販売したコメに中国産米が入っていたか、そうでなければ同位体研究所が奥原の意を受けて事実に反した産地判別の結果を出していたことが前提になっている。もし京山が前者の立場に立たないとするならば、同位体研究所の名誉を毀損することになるが、同位体研究所がそうしたコンプライアンス違反を犯したという証拠は何ら示していないのだ。
なお、京山は国を訴えた裁判で、農水省が産地偽装疑惑の記事を受けて立ち入り検査を実施し事実を公表したことが、京山のコメの買い控えにつながったとして5億9842万円の損害賠償を求めた。
結論から言えば、京都地方裁判所は京山の請求を棄却した。
その裁判で国は、農水省が立ち入り検査の実施を公にした2月14日の前日に、京山自身がホームページで立ち入り検査開始の事実を公表していたことなどを指摘し反論した。
京山は14日午後3時にもホームページで「2月10日より農水省、京都府から14日現在で延べ39人の調査員を受け入れ、全面的に調査に協力している」と公表していた。行政調査の陣容を、調査を受ける側が公表することは「前代未聞の事態」(農水省食品表示・規格監視室)だった。(敬称略)



