ある程度の貯蓄を持つ人でさえ、過去1年間は心地よさと不安が交錯したただろう。インフレ加速は多くの人々が想定した以上に貯蓄を圧迫し、株価下落は多くの年金生活者の貯蓄をむしばんだ。
警察に33年間勤務したジョン・フィッツジェラルドさんは、約3年前に警部補を最後に退職した PHOTO: JUSTIN T. GELLERSON FOR THE WALL STREET JOURNAL本紙は快適な老後を送るだけの貯蓄がある年金生活者に詳しく話を聞いた。およそ200万ドル(約2億7700万円)~400万ドルの純資産を持つ人々だ。彼らは時間と資金をどのように使い、何に喜びや不安を感じるか、退職後の生活への期待感をいかに現実と一致させるかについて体験に基づく見解を語ってくれた。
その中で、退職者がいま直面する課題の一部も浮き彫りになった。さらに彼らは、現役引退後も目的意識を持つことや、有償またはボランティアの仕事に携わり続けること、定期的にニーズや欲求を見直す(年齢などの変化に応じて)ことが重要であると助言した。
以下に、その実際の暮らしぶりを一部紹介する。
フィッツジェラルドさんは警察の退官記念品や、ボランティアで少年野球のコーチやコミッショナーを務めた際の賞状を飾っている PHOTO: JUSTIN T. GELLERSON FOR THE WALL STREET JOURNALジョン・フィッツジェラルドさん
貯蓄と投資:200万ドル
年間支出額:14万4000ドル
メリーランド州ブルックビル在住のジョン・フィッツジェラルドさん(61)は警察に33年間勤めた後、約3年前に警部補を最後に退職した。このとき繰延報酬制度による年金資産は約170万ドルだった。
株価低迷の影響で、現在の資産価値は130万ドル程度になった。妻と3人の子どもがいるフィッツジェラルドさんは、この資産を頼りに生活していることが不安だと話す。
「苦労して稼いだ金が日々減っていくのが分かる」
フィッツジェラルドさんはそれでも自分は恵まれていると思う。毎月の年金は税金・保険料を差し引いても6900ドル支給され、さらに銀行口座や学資積立金など他の口座に約35万ドルの蓄えがある。
彼と妻のジルさん(58)は今のところ、資産ポートフォリオを全く変更していない。ジルさんはライター兼編集者として働いており、老後の蓄えが約40万ドルある。
少年野球リーグの帽子を準備するフィッツジェラルドさん。そこで週に約30時間ボランティアをしている PHOTO: JUSTIN T. GELLERSON FOR THE WALL STREET JOURNALとはいえ最近、インフレの影響を実感している。末息子が通う大学の学費を支援しているが、秋学期の授業料は約5%値上がりし、3万5000ドル前後になる見通しだ。
フィッツジェラルドさんの推計では、メリーランド州の自宅とデラウェア州の別荘のローン返済を含め、毎月の出費は合計1万2000ドル程度。また住宅ローンや自動車ローンなどの負債が約40万ドルある。
夫妻は食品の購入量を抑えているが、毎月の食費は約300ドルから約600ドルに跳ね上がった。フィッツジェラルドさんはお気に入り商品の購入をやめたと話す。例えば、袋入りサラダは4.59ドルほどするが、最近の2ドル値上げに見合う価値はないという。
だが物価高騰も、フィッツジェラルドさんの幅広いボランティア活動を止めることはできない。3月~11月の間は11歳の子どもたちの野球チームを指導し、地元の少年野球リーグのコミッショナーも務める。シーズン中は週30時間をこの仕事に費やし、週末もほとんど野球の予定で埋まっている。
「私が大好きなのを知っているから妻は許してくれる」と彼は言う。
野球のオフ期間はだらだら過ごす日もあるという。他の年金生活者に対しては、退屈しないように何か夢中になれるものを見つけることを彼は勧める。
フィッツジェラルドさんは今後の計画として、4年ほど先にメリーランド州の自宅を売却し、税率が低いフロリダ州に移り住みたいという
ジュディー・ホールさん
貯蓄と投資:180万ドル
年間支出額:11万ドル
ジュディー・ホールさん(75)は2005年に58歳で退職した時、約200万ドルの蓄えがあった。だが毎日をどう過ごせばよいのか見当もつかなかった。バークシャー・ハザウェイ傘下の再保険会社ゼネラル・リーの人事担当役員だった彼女は、アイデアを集めようと年金生活を送る友人たちを訪ねる7週間のドライブ旅行に出かけた。
「退職した人々がどのように終日過ごすのか知りたかった」。現役時代はワーカホリックだったという彼女はこう語る。
ニューヨーク・マンハッタンの自宅に戻ると、ホールさんは聖バーソロミュー教会でのボランティア活動を増やした。会議を企画したり、休暇中の従業員の代役を務めたり、ホームレス・シェルターの教会側の窓口になったりした。
「皆にスーパーボランティアと呼ばれ、うれしかった」。新たな目的意識を見つけたホールさんはそう話す。「私の信念は毎朝起きたら、誰かの人生を良くすることだから」
ホールさんが手に持つのはタンザニアで購入したナプキンホルダー。米国聖公会のボランティアとして現地を訪れた際のもの PHOTO: ELIANEL CLINTON FOR THE WALL STREET JOURNALシェルターの活動では、今も親しくしている家族と出会った。
5年前にニューヨークの1ベッドルームの自宅を売り、フロリダ州ネイプルスに45万ドルでコンドミニアムを購入した。
「次にどう行動するかを考え出す必要がある。私はじっとしていられる人間ではない」とホールさん。現在は放課後のプログラムで子どもたちに勉強を教えたり、母校ロアノーク大学の理事を務めたりしている。
彼女は30年前からニュージャージー州オーシャンシティに「キャンプカクテル」と名付けた海辺の家を所有し、高校時代の友人グループなどを客に迎えて頻繁にもてなしている。
ホールさんは「キャンプカクテル」と名づけた海辺の家で頻繁に客をもてなしている PHOTO: ELIANEL CLINTON FOR THE WALL STREET JOURNALまたシェルターで知り合った家族の一員で、彼女が名付け親になった10歳の女の子が、人生の大切な支えになっている。
仕事や定期的な収入がない暮らしに慣れるのは大変だった、とホールさんは振り返る。
ゼネラル・リーに勤めた37年間、ホールさんは年間6%を確定拠出年金の掛け金に投じ、会社から6%のマッチング拠出を受けたという。退職までに100万ドル蓄えることができた。年金を一括払いにして残高をさらに100万ドル増やした。
退職したのは2008年の金融危機の直前だったが、長期的な投資リターンは、これまでの引き出し額の大半を補うだけの高さを維持している。退職時の貯蓄200万ドルのうち180万ドルは手元に残っている。
最近、支出が増えているのは、食費やホンダ・アコードのガソリン代、ロアノーク大学までの航空運賃だ。だがニューヨークを離れたことで、年間支出額は20万ドルから約11万ドルに減少した。彼女は社会保障制度から2万5000ドルの給付金を受け取り、年間約3万ドルを寄付している。
2軒の家を持つホールさんが、旅行に出かけることはめったにないが、来年はアイルランドとオーストラリアを訪れたいと考えている。それ以外は支出よりも生活のスリム化に関心がある。「これ以上モノは必要ない」と彼女は言う。
最近は食費やガソリン代が増えているが、5年前にニューヨーク市からフロリダ州に転居したことで生活費は大幅に減ったという。ホールさんはフロリダ州のコンドミニアムとニュージャージー州の海辺の家を行き来している PHOTO: ELIANEL CLINTON FOR THE WALL STREET JOURNAL(The Wall Street Journal/Veronica Dagher and Anne Tergesen)



