野球における記録とは
料理におけるスパイスのようなもの
それに、そもそも野球の記録は厳密なものではない。日本のプロ野球は今季、統一球問題が物議を醸したが、ボールの材質によってヒットの本数も大きく変わる。こうした変化は時代によってもあったはずだ。ボールやバットの材質の変化、投手や打者の技術の変遷、内野が天然芝か人工芝かの違いもある。試合がすべてイーブンな条件で行われることはなく、それによって選手個々の記録も異なるわけだ。
また、選手も記録を作るためにプレーしているわけではない。チームの戦力として勝利のためにプレーする。記録はその後についてくるものだ。
といって記録がどうでもいいもの、というわけではない。日本では現在、田中将大(東北楽天)の連勝記録が注目されている。16日の埼玉西武戦では日本新となる21連勝を達成。開幕からの連勝記録も17まで伸ばしている。この記録によって田中は日本プロ野球史に残る偉大な投手になりつつあるという話題性、どこまで記録を伸ばすかという興味で、普段野球を見ない人まで引きつける力になっている。そうした意味でも記録はスポーツに欠かせないものだ。
通算記録はその選手の実力の数値化であると同時に、ジーターがイチローを評したように自己管理を含めた選手のプロとしての姿勢を表わすものでもある。ファンは記録によってそれが分かるから熱心に応援し、記録の節目には称賛する。見るのはその選手のプレーであって記録そのものではない。だが、そのプレーの魅力を増幅させるのが記録。つまり、記録とは料理の味を引き立たせるスパイスのようなものといえるだろう。
日本の野球ファンもそうした記録の楽しみ方は知っているが、イチローの記録についてはアメリカに遅れをとっているようだ。野球先進国のアメリカが4000本を素直に称賛しようとしているのに、日本のファンは「日米合計の記録を喜んでいいの」と戸惑っている気配があるからだ。
そこには日本人特有の控え目な姿勢があるだろう。また、メジャーをまだ上に見て、日本のプロ野球を卑下している部分もあるかもしれない。
しかし現地が4000本祝賀ムードで盛り上がろうとしているのだ。日本のファンも堂々とイチローの偉業を称えるべきなのである。



