これまでの糖尿病治療を方向転換
患者QOLの重視へ

QOLが高いと治療実行度にプラスする
糖尿病患者のQOLを評価するために開発された糖尿病QOL質問表(Diabetes Therapy Related QOL)による調査研究結果から抜粋。食事療法、運動療法、経口薬、インスリンの各療法で治療実行度とQOLの関係を調べたところ、QOLが高いほど治療実行度が高いことが分かった。
奈良県立医科大学教授 石井均先生提供
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 ここで紹介したいのが、2012年に石井教授のグループが実施した研究である。これは糖尿病治療とQOLの関係を知るために、284人の糖尿病患者を対象に調査したものだ。

 その結果、食事療法、運動療法、飲み薬、インスリン注射療法といったすべての治療法において、その治療が実行できているほうがQOLが高いということがわかった。一方、QOLが高いほうが治療の実行度も高い。つまり、自己管理の程度とQOL(日々のこころとからだの状態)はお互いが高めあえる関係にある。(グラフ参照)。

 糖尿病治療薬のインスリンは、かつては食事の30分前に打つ必要があったが、2001年に食事の直前に打てる超速効型インスリンが日本に登場。それが患者のQOLにどのように影響したのかを調査した研究(08年)がある。その結果、生活リズムの妨げが少ない(インスリンを打ってから食事開始までの時間を待たなくていい)薬の登場により治療実行度が上がり、過去1~2ヵ月の平均血糖値を示すHbA1c(ヘモグロビン・エイワンシー)の値が改善されていることが分かった。

「生活リズムを妨げる治療法だとQOLが低くて実行度は上がらないけれど、使いやすい薬はその逆で、結果として血糖値がよくなる。それが、こころと身体の状態を良くして、またQOLを高めるという好循環につながっていました(図参照)。それは運動療法や食事療法についても同様です。

 これまで糖尿病治療では、血糖値をよくするためには、薬剤の使い勝手の悪さなどは“仕方がない”“我慢するしかない”という考え方がありましたが、辛抱だけでは治療は続かないということです。続かないと効果は上がりにくいのです。

 ただし、重要なことは、単に便利であるとか、生活リズムを妨げないというだけでQOLが高くなるわけではありません。血糖のコントロールや症状がよくなるという成果が必要です。もっと言えば、最初は不便を感じる治療であっても、成果が出るうちに不便が問題でなくなることがあります。慣れてきた、納得したということが気持ちを変え、QOLを高めるのです。要するにバランス感覚なのです」と石井教授は解説する。

 このような研究は国際的にも行われており、欧米の糖尿病学会でも「治療に際して患者QOLを損なわないこと」という方針が打ち出されており、糖尿病治療の新たな指針として、世界中の糖尿病専門医の注目を集めている。

患者からの申告が
アドヒアランスを育てる

 QOLを重視した糖尿病治療という考え方の大切な相棒は、“アドヒアランスの向上”である。アドヒアランスとは、糖尿病の管理を自分のこととして主体的、積極的に行うという意味をもつ。何のための治療かを理解し納得すること、その上で、どうすれば日常生活や仕事と両立していけるか、我慢を楽しみに変える方法はないか、などについて自分で考えることが大切である。

 それを実際の治療や自己管理に反映させるためには、現状と課題について医師と意見交換することが重要である。石井教授は、「どの程度服薬できているのかを積極的に申告してください」と、呼びかける。血糖が安定しない理由が、服薬がうまくできないからなのか、きちんと使っても効かないのかは、正確な申告がないと判断できないからだ。

「診察室で積極的に発言できる人は少数派かもしれないけれど、医師側のQOLやアドヒアランスに対する意識も変わりつつあります。また、糖尿病治療の選択肢が広がっており、1週間に1回投与でよい薬が登場して、喜ばれている方もいます。毎日服用する薬でも服用回数に選択肢が増えていたり、服用のタイミングでは食前・食後の2種類が選べたりできるようになってきています。医師に対し、自分の生活リズムに合う薬がないか患者さんから尋ねてもらうといいと思います。」と石井教授は言う。

 限りのある診察時間内での話にはなるが、患者が医師に考えを率直に伝えることが、治療実行度(アドヒアランス)を向上させ、患者自身の合併症の予防につながるのは間違いないだろう。

提供:日本イーライリリー株式会社