ムスリムとしてのアイデンティティ
だが一人の人格が形成されるまでに、周囲の人間の影響下から逃れることは難しい。運命が変わりだすのは、大学へ入学し、新たな人間関係ができる頃からだ。当時、ウェストミンスター大学は左翼の大学として知られており、一連の過激なイスラム聖職者の活動の場にもなっていたのだ。
彼の友人グループのリーダー格がソマリアで殺人やテロを計画しはじめると、グループ全体が対テロ戦争の標的となり、保安当局の手はエムワジにも及んでいく。国外への渡航はMI5に何度となく妨害され、就職や結婚の機会ですら、ことごとく潰されしまうのだ。
八方塞がりの状況に追い込まれたエムワジは、チャンスのない息が詰まりそうな環境から逃れ、「何者」かになることを希求する。多くの若者たちと同じように、警察や他の当局者を避けて、閉じた集団の中でムスリムとしてのアイデンティティを求めるようになってしまうのだ。著者は、似たような考え方をする友人の小さなネットワークに閉じ込められた時に先鋭化が起こりやすいという。
常識的な社会からある程度の距離をおかないと、真に夢を見る力は養われないだろう。優れたイノベーターたちの多くが、カルト的な環境の中で世の中を大きく変えるプロダクトを生み出したことは、よく知られた事実である。しかしエムワジが見た夢は、悪夢の方であった。
この直前の時期に、著者はエムワジへ貴重なインタビューを行っている。著者が知るエムワジは、実に紳士的で礼儀正しい男であったという。対立するアイデンティティの狭間で苦しみ、当局からの嫌がらせのような行為に悩み、その実態を多くの人に知ってもらうことを真摯に訴えてきた「被害者」としての声であったのだ。
著者は自問する。この漂流するエムワジの心の叫びを、もう少し早い段階で世の中に発信することができれば、「ジハーディ・ジョン」の誕生を防ぐことができたのかもしれない、と。



