画家・葛飾北斎の娘に焦点
北斎の壮大な画業を支えた三女・お栄
葛飾北斎は「為一」や「卍」など30以上画号を変え、90回以上も住居を変え(近所でぐるぐると回る説もあり)、描くテーマも浮世絵から漫画、さらに春画まであらゆるジャンルを描いてきた。私は北斎に強く影響を受けており、何より晩年作品の繊細さと完成度には、人の表現はここまで進化するのかと驚いた。
画家といえば、ピカソも長寿で多作である。その数は生涯14万点を超える。青の時代における絵画から、キュビズムまでその作品の多様性には北斎と共通する。ただ1人の人間から生み出されるエネルギーや力強さなどは一貫している印象があり、北斎の晩年におけるタッチの繊細さと、うすぼんやりとした心の闇を表すような暗さはない。実際に「富士越龍図」など絶筆の北斎作品を観ると、まるで別人格になったような違和感と魅力がある。
本書『北斎になりすました女 葛飾応為伝』は画家・葛飾北斎の娘に焦点をあてたものだ。当時は江戸ナンバーワンの人気絵師である北斎の元に、その絵の技術を手に入れようと、多くの弟子希望者が現れた。ただ本人は、これといって指導することはなく、ほとんどは才能が無く興味もなかった。ただ1人、三女のお栄を除いて。極端に不愛想でありコミュニケーションが下手な父から目がかかるのは、しっかりとした画力があるからだ。それを裏付ける証拠として、若干14歳で絵師として仕事を任せられている記録がある。