「ジハーディ・ジョン」を
再生産しかねない状況

 本人の意思とは無関係に、一度テロリストの疑いをかけられたものは、テロリストとして生きるしかないように周囲が変わってしまう。その影響が、やがて本人自体を変えてしまい、虚像と実像のボーダーは溶けていく。社会から弾き出そうとする力と、受け入れる側の利用しようとする力が重なりあった時、代替不可能であったはずのモハメド・エムワジのパーソナリティは、代替可能な「ジハーディ・ジョン」のキャラクターと入れ替わってしまうのだ。

『ジハーディ・ジョンの生涯』
ロバート バーカイク著
文藝春秋 349p 1900円(税別)

 テロが市民の恐怖を引き起こし、その恐怖がさらなる予備軍を先鋭化させ、また次のテロが起きる。エムワジのパーソナリティと社会的な背景を照らし合わせながら見ていくと、テロリストが生産されるプロセスは、強固にシステム化されているとしか思えない。事実、先鋭化するムスリムの若者は後を絶たず、それは「ジハーディ・ジョン」の替えがいくらでもいることを意味する。

 つい先日にも、革命記念日に沸くフランスをトラック突入テロが襲った。容疑者の動機や背景など、詳細はまだ明らかになっていないが、「仏政府は非常事態を宣言し、危険人物の摘発や街中の警備を強化していた。」という紙面の一節はとにかく気になった。そのやり方次第では、さらなるテロリストを誕生させるだけであるという事実を、多くの人は知っておくべきであろう。

 

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