1582年の本能寺の変後、清須会議で織田家の後継は信長の孫・三法師に決まった。わずか3歳の三法師を支える名代の座を巡り、信長の次男・織田信雄と三男・織田信孝が争った。当時の評価は対照的で、信雄は凡庸、信孝は聡明で人望厚いと評されていた。だが清須会議後の二人の人生は、その評価とはかけ離れた道をたどることになる。

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